フラクタル/ ・にょたじゃないです ・史実ネタ織り交ぜてます 「三成殿ッ、何故某を避けられるのでございますか!」 「避けてなどおらん…」 「先ほどから貴殿をお呼びしているというのに、気付かぬ振りをなさっておられるな!」 その光景を見つめていた長宗我部が疑問をそのまま口にする。 「石田の奴、真田を避けてる割には普通に会話はするんだな」 「――まあ、無理もない事よ」 隣にいた大谷がそれに答える。長宗我部はどういう意味かと片眉を上げた。 「三成の正室のうた殿は、真田の母である山手殿の妹君にあたる。 それでどうしても正室の面影がちらついて、真田を無碍に扱えぬと見える」 「そんなに似てるのか?」 「まあな。三成が『うた』と呼びかけたことも幾度か」 「相当だぜソレ」 「何処に向かわれるのですか三成殿!某もお供仕る!」 「付いて来るな…っ」 九相図/ お館様が史実通りになるので注意 ついに彼岸へ渡ってしまわれたか、信玄公よ 甲斐の虎も所詮は人、天命には逆らえぬという事か。大谷は日の沈みかけた空を仰ぐ。 葬儀も終えて一段落し、幸村は外の空気を吸いに出ていると、背後から見知った姿が現れた。 「三成殿」 「……」 三成は何も言葉を発さず、幸村の隣に座る。 「…たりは」 「え?」 「泣いたりはしないのか」 幸村は一瞬きょとんとするが、少し困ったように笑った。 「泣いたりなどしませぬ。お館様を最期まで看取ることができ、某は幸せ者にござる」 「……そうか」 此処で泣き喚いても詮無き事だと自ら言い聞かせるように幸村は答え、察しの良い三成もそれを判っていたらしく、目を伏せた。 形は違えども幸村が君主を失った今、自分と同じ立場になったと彼は思っていた。 決定的な違いは、討つべき仇が存在するか否かだった。だからこそ壊れないでいるのかも知れないが、彼女の笑顔の奥にある真意までは掴めなかった。 涙する幸村の姿を見るのは、一生叶わないかも知れない。御家の為とは云い、長い髪を短く刈り取って女として生きることに甘んじようとしなかった女だ。しかし皮肉な事に女という生き物はいつまでも子供のままではいられぬもので、年を重ねるばかりだ。幸村も例外ではなく、出会ったばかりの頃に比べて少し痩せ、焼畑を駆け回る童のように明るかった笑顔も穏やかなものへと変化した。 「信玄公は、最期に何と」 「……死に逝く前に、せめて某の白無垢姿を目にしたかったと仰っておられました。」 三成は表情には出さなかったものの、静かに幸村の手をとり、そっと耳打ちした。 wistaria/ 幼少 「人質とは云え、まだ小さい子供だからね。そうだな…一番年が近いだろうし、佐吉君が相手をしてあげて」 「承知、しました」 豊臣の軍師、竹中半兵衛に頭を下げる少年、佐吉は隣に固まっている真田からの人質である自分よりも幼い子供を一瞥する。 佐吉もまだ元服を迎えてはおらず、伸ばした銀髪をそのまま高い位置に結わえ、露わになった輪郭はまだ丸みを帯びている。 豊臣の傘下につく証明として寄越してきた人質の少女は、こういった境遇にまだ慣れていないのか、俯きがちに自らの着物の裾を握っていた。 「ふふ、そう怯えないで。暫くしたら此処の生活も慣れると思うからね」 半兵衛はそっと微笑み、こくりと頷く少女の頭を優しく撫でた。 佐吉は半ば途方に暮れていた。 いくら年が近いとは言っても、幼い少女が喜ぶような遊びなど知る由も無かったからだ。それ以前に、佐吉は他の子供と比べ遊びに興ずるような性質ではなく、むしろ剣術や勉学以外に向き合った事など無かった。 意を決し、佐吉は少女の方を向いた。 「幸姫、何か望みがあらば」 「……槍の稽古がしとうございます」 「…………………槍?」 佐吉は耳を疑った。 「幸は歌留多や手鞠よりも、武術の稽古が楽しゅう感じるのです。ここではだめですか」 真田の一人娘が、武術を嗜むなどと聞いたこともない。佐吉は動揺を隠せなかった。 「幸姫、それは流石に…致しかねる」 「では、佐吉殿にお任せ致します」 幸姫はにっこりと笑う。それは無邪気なものだった。 それからしばらくして、様子を見に訪れた半兵衛の目に映ったのは、仲良くぴたりとくっ付いて和歌の本を読む二人の子供の姿だった。 もどる/とっぷ |