/凶王とワルツを
現パロ


「やあ、久し振りだね幸村君。昔はやんちゃだったのにすっかり美少女になって……」
「半兵衛の言う事は気にするでないぞ。早く上がれ」
「お、お世話になりまする」



話は一週間前に遡る。
武田家の一人娘、幸村は普段通り学校から帰宅した。しかし父・信玄が荷物を纏めている最中で、どうしたのかと理由を聞けば
「済まぬのう幸村、仕事の都合で急遽海外へ出張する事になった☆」

出張先は地球の裏側と、どうでもいい言葉を添えられ、慌てふためく娘に信玄は「案ずるでない」とドヤ顔でその肩を叩き、「儂がおらん間は親戚の豊臣の家に世話になるがよい」と言い残し旅立っていった。豊臣の家には確か、幼少の頃に遊んで貰った半兵衛や秀吉がいる。仕方あるまいと幸村は父の言う通りに従い、豊臣の屋敷に行くことに決めた。そして今。

「疲れたろう?此処は君の部屋だから、ゆっくりしてて構わないからね」
豪奢な部屋へと案内され、幸村は何とも落ち着かない気分だった。秀吉は確か有名な芸能事務所の社長で、半兵衛は副社長だ。確か昔、芸能界の天下を取るだの何だのと言っていたような気もする。いずれにしろ、豊臣家の屋敷はそこらのセレブ顔負けの大豪邸てある事には変わりはない。

「今は高校二年だっけ?」
「はい。今年で十七になり申した」
「そうなんだ。うちの三成と一個違いだね」
覚えてるかい?まだ小さかった頃によく遊んでた……。半兵衛に聞かれ幸村はあ、と声を上げる。
確かにいた。



「三成殿ですな。某がよく泣かして…」
「ふふ、君より小さかったし、喧嘩も強くなかったからね。今いないけど……明日仕事から帰ってくるって連絡あったから」
「?」
「今じゃ人気俳優だからね。なかなか家に戻る隙が無いんだ」
に、人気俳優?
思わず耳を疑う。幸村は信玄の影響でテレビはあまり見ない。故に知る由もなかったし、むしろ今此処で知った。半兵衛は笑顔で手を組んでいる。

(某の知らぬ所で、まさかこんな事になっていたとは)
幸村の頭には、顔を隠して泣いている小さな少年の記憶しかない。






「みてー、携帯変えちゃった☆」
某ファーストフード店にて。
友人が誇らしげに掲げ、液晶フィルムがきらりと光る。薄紫を基調とした上品なデザインで、他の友人達もすぐに見入った。
「いーなぁ」
「だぁってー凶王様も使ってるって聞いたら買うしかないっしょ」
「CMやってるもんねー」
「凶王とは誰の事にござる」
幸村がストローから口を放し問うと、一斉に女子達がこちらを振り返る。その顔はさながら般若の様だった。

「あんた凶王様知らないとか」
「様をつけろこの凸助!」
「いだだだ痛いでござる」
友人達がこんな反応なので、相当有名なのかと彼女は納得する。

「映画とかCMとかで引っ張りダコの俳優じゃないの!あの人を超えるイケメンとかいるのかこの世に」
「石田三成を知らないとか人生の半分以上損してる」
「ああ三成殿か…………


え?」


一方三成は飛行機で帰宅途中だった。





/凶王とワルツを(その2)


「只今戻りました、半兵衛様」
「お帰り三成!お仕事お疲れ様。TV見たよ、凄く格好良かった」
空港を出てようやく自宅に着いた頃。
親の様な存在である半兵衛に労いの言葉をかけられ、三成は今までずっと溜め込んでいた疲れが一気に飛んでいった。ちなみに彼は仕事の際、専属マネージャーその他諸々の人間には非常に冷たいらしい。

「突然の話になるんだけど。昨日から幸村君がこっちに住んでるから、帰ってきたらちゃんと挨拶してね」

「幸村―――…幸村が!?」



* * *



(マジ困ったでござる、三成殿がまさかそんな…)

友人に言われてようやく気付いた幸村だが、よく見れば普段見かける看板広告にも三成の顔が大きく写っている。しかし彼女は三成がこんなに見目麗しく成長しているとは思っていなかったので、知らない別の誰かと勘違いしていた様だった。


(確か半兵衛殿が今日中には戻ってくると言っていたような)
だとしたらどんな顔をして会いに行けば良いのだろう。
昔は自分より発育が遅く、背の低かった彼をからかってばかりいたので、もしかしたら向こうにはあまり良く思われていないかも知れない。流石に気まずいでござる、と幸村は眉を寄せた。


「幸村せんぱーい」
「おっ、鶴殿」
目の前に現れた彼女は、幸村の部活の後輩である鶴姫だ。

「さっきから百面相ごっこしててどうしたんですか」
「いやそういう訳ではござらぬが」




「信玄さんが海外出張だから…親戚の家にお泊りしてるんですか」
「左様にござる。しかしあともう一人その家に帰って来るのでござるが…」

「それが何か問題で?」
「昔よく遊んでいた、まあ幼馴染?というべきか……。某、幼い頃その人をよくイジメたりしてたので……」
「会い辛いって事ですね」
「そういう訳にござる」

「その幼馴染の方は一体何をしてるんです?」
「………実は、芸能界にいるらしい」
「芸能人なんですか!?」
「静かにっ」
「名前が気になる所ですが……。幼馴染がそんな事になってると、どんな面で会いにいけばいいか分かりませんね、確かに」
「でござろう」
「でも私、こう思うんですよね」


「きっとそれって、散々自分を苛めてきた幸村先輩を驚かせたいと思ってるんじゃないかって」
「      は?」
「って、ちょっと誇大解釈でしたかね。でも私の勘ってよく当たるんですよネ。これでも私、神社の巫女ですから!」
(それが本当だとするなら…これはよもや……某に対する復讐!?)


「あ、いっけない!これから宵闇の方とデートなんだった。それじゃあ幸村先輩、幸運を祈ります〜」
「え?ちょ、待っ、鶴ど…」
後輩は何処か軽やかな足取りで幸村の後を去って行った。







三成は自室へと戻った後、無機質に鳴る時計の針を見つめていた。

(幸村が、もうすぐ戻って来る)
幼い頃共にしていた幼馴染。男手で育てられたせいか勝気で活発的な少女は、よく自分をからかっては遊んでいた。自分はそんな彼女が好きで、いざ男らしい所を見せようとしても内向的な性格が災いして巧く表現できなかった。それでもいつか告白しようと思っていたのに、結局言えないまま時ばかりが過ぎた。

だが、今は昔とは違う。
もしかすれば、今なら自分の気持ちを伝えられるかも知れない。
今の自分を見て、幸村はどのように思っているのだろうか。背も随分伸びたし声も変わったから、多少の変化には気付くだろう。それと同時に不安もある。幸村は今はもう高校生だし、好きな人が出来て当然の年頃だろう。他の男と付き合っている可能性も否めない。最悪、自分の存在すらどうでもいいと思われているかも知れない。だが、それでも。

(私は馬鹿か…期待などしても無益だと、分かっているのに)
三成は考えを打ち消すようにかぶりを振った後、ため息をついた。





/六文銭の使い道
顔と繋がってます


「見事だ」
「それは、ありがたきお言葉」

幸村は小さく微笑んだ。手前には綺麗に生けられた花。まるで情緒を現す様に白い花弁が頭を傾げている。

「いえ何の。これも武士の立派な教養に御座りますれば」
「武士、か」
三成は呟きながら幸村の姿を上下に眺める。その視線の意味に気付いた幸村は、恥ずかしげに手に力を込める。

「あまり見ないで下され。この姿でいるのは、あまり好きでは無いのです」
「…?」
「この様な召物、似合う訳も無いでしょうから…佐助が見れば、さぞおかしく笑うでしょうなあ」
紅蓮の鬼は苦く笑った。
城に仕える下女達に勧められるがまま女物の小袖に腕を通している姿は、正体を知らぬ者が見れば何処ぞの国の姫かと思うだろう。それだけの魅力が幸村に眠っている証拠だった。

「三成殿だって、」
そう言いかけた幸村の髪を三成の長い指がそっと拾い上げる。

「それの何が」
三成の表情は普段とは離れ、眉間に刻まれた皺は今だけは無い。凶王を恐れる者達が目にする事のないであろう光景を、心を許された彼女だけが目にしていた。

「可笑しいと?」
彼程の実直な男が、嘘偽りを口にする筈もない。何処か自信の無かった幸村の顔の曇りが薄れていく。それと同時に酷く悲しい気持ちになった。この男の、今まで辿ってきた道を思えば思う程、一度落ちた染みの様なものが広がっていくかのように、じわりじわりと彼女の心を汚していく。一度血に塗れた、真白い腕の中に閉じ込められても尚、幸村の心は晴れる事は無い。その日が来るのは、彼の復讐が果たされて後だと判っていた。よくよく知っていた。だからこそ、こうして過ごす今を恋しく思い、三成と共に居たいと願っている。だが、それは生き延びる前提ではない。
例え許されない事であっても、三成は聞く耳すら持たないだろう。ただ、ほんの少しの罪の意識が角に留まる位のものだ。



哀切に胸が詰まる様な思いを隠し平静を装う恋人に、彼は気付かない。



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