モブ娘の嵐ですが三幸♀ 昼時の頃、三成は右手に包み、左手には刀を提げて幸村の屋敷へと足を運んだ。 大坂城内で多くの大名屋敷が建ち並ぶ中、幸村が住む屋敷は天守からそう遠くない位置にあった為、歩く分には丁度良い距離だった。三成自身が誰かのもとへみずから赴くという事自体とても珍しいことだったが、普段から幸村を私室に呼び寄せることも多くあった為、それを知っていた大谷から 「たまには主から出向いてみてはどうだ。真田も嬉しかろ」 と提案され、その言葉を疑わなかった三成は彼の言う通りに実行した。ただそれだけだった。特別な理由は無い、屋敷にいるであろう幸村と多少話を交えて、望むのであれば稽古の相手にでもなってやろう、その程度のものだった。だがそれは、他の女では到底有り得ない事象でもある。三成は以前と変わらず、平時は感情の読めない男であるが、懇ろの仲である幸村には不器用でいながらも、優しさを垣間見せる時があった。 幸村の屋敷は多くの使用人を抱えている訳もあり、それなりの室数を持つ。大坂城に入城を果たした頃に比べ、使用人の数がかなり増えた。中でも特に、女性の働き手が多くいるのが特徴だった。 屋敷に通された三成の目の前では、使用人の女性たちが慌ただしく働いている。しかし自然にも、けして彼はそれを耳障りに思ったりはしなかった。数人の女性が廊下を歩く音や、掃除をしたりする音が、彼の耳に心地よく感じたからだ。 「失礼致します」 襖が開き、一礼して入ってきたのは幼い娘だ。赤みのあるふっくらとした顔が、にこやかに微笑んだ。 「幸村様は外の用事で出かけておりますが、すぐにお戻りになるとの事です」 娘は舌足らずな口調で言い、三成に茶を差し出した。 「分かった。待たせて貰おう」 「申し訳ございません」 三成は娘の手――薬指と小指が無いことに気付いた。それだけではなく袖からのぞく手首や手の甲に、火で炙られたような傷が痛々しく残っている。三成は詮索はせずに、娘が下がるのを静かに見送った。 大坂ではあまり感じない新しい空気に三成は興味を抱いたらしく、室を抜けて草履を履くと、幸村の屋敷内を散策した。出会う度女中たちが顔を赤らめ頭を下げてくるので、不可解に思う事もあったが。 ここは思った以上に暖かな場所だと、三成は思う。 女中が集って薪割りに勤しんでいる光景を見つけ、三成は足を止める。懸命に鉈を振り薪を割っているが、女の力ではなかなか堪えるようだった。三成はそちらへ歩みを寄せると、それに気付いた女中たちは驚いたように彼を見た。 「貸せ、貴様らは休んでいろ」 三成は制止の声を無視しながら、女中の持っていた鉈を奪った。女中たちが見守る中手早い動作で襷をかけると、次々と薪を切り落としていく。幼い頃寺小姓だった三成にとってこの手の仕事は慣れていた為、周囲から黄色い声が上がっても嬉しくも何とも無かった。 あっという間に切り終え一息ついて立ち上がった頃、丁度良く幸村が屋敷に戻ってくる音を耳にした。 「すみませぬ、まさか客人である貴殿に…」 「謝罪はいらん。私が勝手にやった事だ」 三成は風呂敷を顎で指すと、幸村は上目使いで伺いながらそれを広げていく。箱を開けると、その中には漆塗りの飾櫛が入っていた。 「これは、」 「……貴様にやる。団子以外に、それしか浮かばなかった」 「――忝い」 幸村は櫛に掘られた牡丹の柄をそっと指でなぞりながら、花が綻んだように笑った。三成にはそれがうら若き少女にも、慈母のようにも映った。 「それにしても…この屋敷には随分と女中が多くいるものだ」 「騒がしいですか」 三成は首を振る。幸村は縁側を眺めながらこう言った。 「ここで働く皆は、戦火で居場所をなくした者たちです。」 茶を差し出して来た娘の指が無かったのも、杖をついてたどたどしく歩く女中がいたのも、薪割りをしていた女中の一人の片腕が欠損していたことも、全て合点がいくと彼は思う。それでも女たちがああやって談笑しながら仕事をする姿は、ある意味人らしい生き様だとも、思った。 「好きにすれば良い」 突き放すような言い方ではあるが、幸村はそれが堪らなく嬉しかった。 もどる/とっぷ |