家♀幸 死ネタ




日の本を二つに分けたあの戦が終焉を迎えて数年後、家康は頃合いを見計らい、供を連れず各地を回った。国々の状況の流れや方向を自分の目で確認したいという考えもあったが、それとはまた異なる別の理由が存在した。

誰もが「三河の傑士」と称え崇める中、彼は微笑んでみせたがその目には何処か憂うような色を含んでいた。



しっかりとした姿勢で座する家康からだいぶ離れた先に、一人の男が立っている。縁側に体を向けている為表情は伺えないが、かつて敵であった西軍の総大将である事は確かだった。二人の距離と静寂が過去を物語っている。目の前にいる男の怨恨は未だ晴れていないのも事実だった。それでも家康は訪れた、否、そうするしかなかった。

「それ」を知るのは、この男しかいないだろうと思った。


「…そうか、もう此処には居ないんだな。」

男は無言だったが、家康はそれを十分な答えとした。


(三成ならば、真田の行方を知っていると踏んでいたが)

幸村が、かの関ヶ原の戦で両目を負傷したという話を、家康は後になって知った。その後も大坂へ留まる事を三成がすすめたが、結局それを拒んだという事も耳にした。彼女は"この体では仕える事もままなりません"とそれに甘んじる事なく、間もなく城を去って行ったという。家康は大坂を訪れる前にも、信濃にある真田の分家をあたっていたが、幸村の行方を知る者は一人もいなかった。


家康は長居は避けようと大坂城をあとにし、馬に跨った。そっと振り返ると、西の空には彩雲が広がっていた。

戦は終わった。民の笑顔も戻りつつある。それなのに、何故こうも空しさばかりがこみあげるのだろうか。あの娘(むすめ)に会えば、気持ちは変われるだろうか。斜陽から逃げるように、菅笠の縁で目を隠すとそのまま馬を走らせた。




+ + +




一つ山を越え、雑木林の中に整備された道があるのを見つけると、彼はそこへ入っていった。そのまま進み続けると途中に集落があり、もう遅いというのもあって彼は一晩をそこで明かそうと考えた。一軒の家の前で馬を降り、扉を軽く叩く。すると、まだ幼い子供が引き戸を開き姿を見せた。年は七、八つ位だろうか。

「坊や。すまないが、一晩だけ眠れる場所はあるか?」

子供はしばらく呆けていたが、「いいよ」と快く頷いた。少年は彼の馬を外に繋いで、家屋の中へ招いた。



「立派な身なりだね。兄ちゃん」
「少し用事があってな。親は、平気なのか?」
「親はいないけど、ねえちゃんがいる。そろそろ戻ってくると思うよ」

子供は慣れた手つきで飯を炊いている。まだ小さいのに、えらいものだと家康は関心した。

「その年で飯炊きができるのか、良くやるなぁ」
「めんどくさいけど、仕方ないんだ。ねえちゃん、目が不自由だから」

話の途中で、引き戸が開く音がした。


「ねえちゃんおかえり!」

子供が釜から離れ駆け寄る。若い娘が杖を壁に立てかけ、背負っていた荷物を子供に渡した。家康は娘の顔を見た途端驚愕し、眉間を歪ませた。子供が彼をここへ泊めていいか、娘に耳打ちをしている。娘は子供と同様、家康を歓迎し留まることを許した。
家康は、それから声を出すことを躊躇った。



子供が奥の部屋で寝静まった頃、娘は家康の為に囲炉裏に火を灯した。ぼんやりと照らされる室の中で、家康は噤んでいたままの口をようやく開いた。

「……真田…。」

娘――幸村は、家康の声を耳にしてもうろたえる様子はなく、火箸を動かしている。子供が言っていた通り、幸村の目に光は無かった。強い眼差しで己を見つめていた彼女の過去の姿を思い出し、家康は胸が締めつけられた。堪えが効かず、彼女の体を引き寄せ抱きしめたのはその次だった。

火箸が音を立てて落ちる。幾分か痩せたような気がしたが纏う空気は同じもので、家康は確かめるように肩口に鼻を埋めた。



「……貴殿が誰であるかは、気付いておりました」

何故かと家康は問うと、匂いで、と幸村は背中に手を置いた。

「ずっと探したんだぞ…?何故ひとりで、姿を消したんだ。真田」
「まさか貴殿にその様な迷惑を…申し訳ございませぬ。しかし、仕方なき事」


「この両の目が潰えた時、このまま西軍に仕える事も、甲斐へ戻る事も出来ぬと思いました。足手まといにはなりとう無かったのです」

家康は溢れそうになる涙を堪え、抱きしめていた体を開放する。目の前にいるのは、ただの気丈な娘だった。


「もう戦は終わったんだ。何も気に病む事なんて無い。困った時は、儂を頼ってくれ。仮にお前が必要とされなくても、儂はお前を見捨てない」

幸村はその言葉に優しく笑んで、静かに頷いた。幸村と別れ集落を去った後も、家康は彼女の居所を誰にも漏らすことは無かった。




しばらく間を置いて、再びあの集落へ家康は訪れたが、その時には既に彼女はこの世を去っていた。急病による横死だったらしい。悲しみに暮れていた子供を信頼できる家臣の元へ預け、家康もまた三河へ戻るべく馬を走らせた。

家康は笠越しに白んだ空を眺め、目を細めた。








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