幸村いません
関♀幸




家康は元々大きな目を何度か瞬かせる。初夏の日差しが不釣り合いに思える程に、数歩先に立つ男の姿はくっきりと浮いていた。
つい前までは共に語り合う友であった筈だ。三成、と名を呼び一歩足を踏み出すと、堅いものが砕けたような感触が足を伝った。

「……三成。お前、何があった?」
「何の話だ」

家康は理解出来なかった。雑賀荘で互いが出くわした時、問答無用で刃を振りかざしてきた彼と、本当に同一人物なのか疑心を抱いた。二度目に会った彼は刀を抜く事すらせず、今は背を向けている。拒絶を表す背中が答えるのは、「去れ」というたった二文字のみ。否、彼は今すぐにでも殺したいと思っているだろうが――一体何によって、誰によって彼にこの様な変化を齎したのか。
家康は知りたかった。



「答えてくれ。三成」
「貴様には関係ない。話は終わりだ」

声には出さぬままだったが、家康は確信する。彼らしからぬ曖昧な答えだ。

「それとも、此処で私に斬られるか」

家康は過去に言っていた三成の言葉を思い出した。

秀吉の為にこの命を使う。
あの方の為に死ぬのは本望、誉れでもある。


それがどういう事か。
今の彼には死相すら見当たらぬ。己の未来を薄々と、拙いながらも、少しずつ見据えようとしている目だった。

それ以上はきっと、彼の口から聞かなければ分からないだろう。だが今の己に、そのような資格はない。


「どちらか選ぶ事だ」







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