春の爛漫、華飾の朱の如し | ナノ

  普通の常識の基準とは




「……本日も異常無し、と」

 日課となった見回りを終え、商店街を歩きながらそう呟くと、隣の鶴丸がからからと笑った。

「でもそうさな、こうも毎日平和だと、流石の君も驚きが欲しく……」
「なりません! はぁ……相変わらず先方からの連絡も来ないし、本丸のみんな大丈夫かな……霊力はこんのすけに貯めてるからいいんだけど、この状況が長引くようならいつかは枯渇するだろうし……」
「おっ? あの人だかりは何だ? 行ってみようぜ!」
「せめて慰めの言葉くらい掛けてから行ってくれませんかねぇ……もう!」

 駆け出した鶴丸を追いかけると、何やら飲食店の前に規制線が貼られ、警察や鑑識の人が慌ただしく出入りしていた。野次馬の中に見知った顔を見つけたので近付くと、私たちに気が付いたその人が声を掛けた。

「おや、丹羽さんと五条さん」
「安室さん。何か事件ですか?」
「えぇ、どうやらここの店主が殺害されたようです」

 流石は米花町。今日も身近な所で殺人事件が起こっている。安室さんが事件のあったお店の方を見たので、私もつられてそちらを見て……ん? と思わず声が出てしまう。警察の中に混じって、小さな人影がチョロチョロと動き回っている。

「……あれ、コナンくんですかね」
「でしょうね。偶然居合わせたようです」
「え……いいんですかね? 私はあまり詳しくないですけど、その、捜査とか鑑識とか的に……」
「駄目でしょうね」

 どこか諦めたように答えた安室さんの横顔が少しだけ固いのは気のせいだろうか。そのまま少年の観察を続けていると、コナンくんは刑事さんらしきスーツ姿の男性と何か話し込み始めた。安室さんとは反対側に立っていた鶴丸に、小声で話しかける。

「……鶴さん、何て言ってるか聞こえる?」
「ん? ……どうやら、あの男から容疑者の情報を教えて貰ってるみたいだなぁ」
「えぇ……いいの、それ……?」

 前に見たこの時代の刑事ドラマでは、情報漏洩がどうのと言っていた気がするんだけれど。なぜ誰も咎めないのか、不思議に思っていると突然、店内で男性が椅子に座り込み、それを見守るように刑事さんたちが一斉にそちらを向いた。えっ? な、何が起こってるの??

「あの、安室さん……今椅子に座った男性は?」
「あぁ、あれは毛利小五郎探偵ですよ。どんな難事件も解決する、眠りの小五郎として有名な探偵でして。実は僕、毛利先生の一番弟子なんです」

 パチン、とエフェクトがつきそうな完璧なウインクを寄越した安室さんに、思わず表情が削がれる。とりあえず情報量が多いし、ツッコミどころがありすぎるだろう。

「安室さん、探偵目指してるんですか?」
「僕、一応探偵なんですよ」
「一番弟子が、側で見学しなくていいんですか?」
「僕が来た時にはもう既に、規制線が貼られていましたので。今回は残念ですがオーディエンスですね」
「……何で、眠るんですか?」
「さぁ……?」

 ダメだこりゃ。早々に質問を諦めた私は、鶴丸に視線を移す。

「……見たよね?」
「あぁ、見た」

 何が、とは言わない。けど、私と鶴丸は確かに見た。物陰に隠れたコナンくんが、腕時計から何か細い……針のようなモノを、毛利探偵と呼ばれた男性に向けて撃ったところを。


 *


「この町やばい。何がやばいって、やばすぎてやばい」

 拠点に戻った私は、居間で頭を抱えた。

「……語彙力が溶けてるぞ」
「だって伽羅ちゃん! 子供が盗聴器だの成人男性を眠らせる針だの撃ってるんだよ? 薬研が言うには車より速く走れるスケートボードも持ってるらしいし、誰もそれを指摘しないって。一応現代の法律確認したけど、概ね元いた時代と相違なかったよ? どゆこと??」
「知らん」
「ですよね!!」

 ガクリと脱力すると、黙って会話を聞いていたにっかりが、こてんと首を傾げた。

「なんて言うかさ、この町の人たちって、良くも悪くも事件に慣れているよね。大学で刃傷沙汰があった時もそうだったよ」
「なるほど……もしかしたら、犯罪率の多さで感覚バグってんのかもね。でも確かに、普通ならあり得ない状況を平然と受け入れ過ぎてる様な気もしなくもないけど……でもなぁ、私、要請なければ本丸に引きこもってたから普通の基準に自信が無いんだよなぁ」

 うむむ、と顎に手を添えて考える。常識の齟齬は座標バグに関係が有るのか、否か。悩む私の目の前に、お茶の入った湯呑みが置かれる。

「主さん、やっぱり少し休んだ方がいいんじゃないですか? ここのところよく眠れてないですよね?」
「それは……うん、否定はしないけどさ……」

 程良くぬるまったお茶を飲みながら、心配そうに私を見た堀川くんを見つめ返す。世話焼きな堀川くんは、今のところ必要ないと言ったにも関わらず、他のみんなと交代で夜警をしてくれているのを知っている。
 この優しい脇差は、前の主が夜中に他の刀剣男士によって神隠しされた事を今でも悔やんでいるのだ。
 だからこそ、そういった経緯を持つ男士を預かる身としては、早々に問題解決をしなければならない。それが、私に出来る精一杯の役目であり、誠意を示す方法でもあるのだから。両手で握りしめた湯呑みの温かさを味わいながら、足りない頭を働かせる。

「……やっぱり、この時代の基点を探した方が効率的? でもなぁ……それだと要領が悪い気もする、けど。何の進展も無い今を打破出来る可能性も否めない、ダメ元で試してみる価値はあるか……」

 ブツブツと呟いていると、中庭で手合わせをしていた山姥切と鶴丸が戻って来た。

「おっ? 何か悩み事か?」
「うーん……ねぇ鶴さん。現代で会った人間の中で、一日だけ一緒に居るとしたら、誰が一番驚きをもたらしてくれそう?」
「そりゃあ君、今日見たあの子供だろう。喫茶店の店員も言っていただろ、よく事件に巻き込まれるって。退屈しなさそうじゃないか!」
「あー、うん。だろうね。……じゃあさ、他のみんなにも聞くけれど、米花町で見た中で一番……みんなと手合わせ出来るほど、心身共に強そうな人とか、居たりした?」

 もしやと思って聞いてみれば、みんなは揃って安室さんの名前を挙げた。やっぱりか、と思っていると、薬研だけが「長い銀髪の男だろ」と一呼吸遅れて答えた。

「長い銀髪……? あぁ、あの時の」
「ありゃぁ、相当な手練れだぜ。飛び道具無しでも強いんじゃ無ぇか?」
「薬研がそう言うならそうなんだろうね。成る程……安室さんは、まぁ見たらわかるけど、結構鍛えてるよね。探偵ってそんな肉体労働のイメージ無いんだけどなぁ」

 でも、と私は内心考える。
 安室さんを最初に見た時の、あの穢れ。
 あれは、人を殺さない限り、余程の事がなければ憑かない類のものだった。

「……うん、決めた。これよりこの時代の基点の探索に当たります。とりあえずは今挙げた三名から。編成は……コナンくんは堀川くんとまんばちゃん。安室さんはにっかりと鶴丸。銀髪の男は薬研と伽羅ちゃん。各自手の空いた時でいいから、長い目で、とりあえずは一ヶ月、様子を見ることにしようか。その間に、私は時の政府に連絡が取れないか試してみるね。これでどうだろう」

 そう提案した私の言葉に、反論する男士は居なかった。





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