春の爛漫、華飾の朱の如し | ナノ

  呼ぶ声




 拠点の居間に集まった面々に、事の次第を話すと……揃って鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。まぁ、その気持ちは痛いほどわかる。

「半透明の敵短刀だけでも驚きなのに、更にあの喫茶店の店員から逢瀬の誘いを受けるとは。君は本当に面白いな!」
「ちょっと鶴さん、そんなに面白がらないでくれません? というか、逢瀬とか……そんな大仰なモンじゃないですって、絶対」

 安室さんの顔面偏差値ならきっと、女の子なんて選り取り見取り。だからあのお誘いは盛大な意趣返しか気まぐれなのでは? まぁ、今はそれは置いておこう。

「さて……問題はスケスケ敵短刀の方なんだけど」

 そう切り出せば、男士たちが神妙な面持ちで私を見た。

「とりあえず、私の推察を話すね。……恐らく、あの敵短刀は隠世(かくりよ)に存在していて──先日の戦闘は、私の術で現世(うつしよ)に引き摺り出した結果ではないかと思うんだ」
「なるほどな、大将の術式に掛からなかったのもそのせいと考えれば、辻褄が合うって事か」
「そうだね。だから……今夜、安室さんに憑いてたスケスケ敵短刀を、私が隠世から引き摺り出してみる」
「そしてすぐさま、俺たちが引き受ける……で、良いんだな?」
「そういうこと。よろしく頼むよ、まんばちゃん」

 何ともぶっつけ本番な作戦だけども仕方がない。どこからの支援も得られないのだから、私たちだけで解決しなければ。


 *


 安室さんの車に乗って、安室さんの運転でレストランに向かっている。……ところで、私は一応この世界では未来人な訳だけど……車を運転する人を間近で見たのは初めてだったりする。と言うよりそもそもの話、車も船も電車も飛行機も自動操縦が当然なので運転手が存在しないし、何より政府施設含め街中にはあちこちに転移装置があるので、乗り物に乗る機会なんて滅多に無い。だから、安室さんがハンドルやレバーを動かしたりするのが珍しくて、ついつい目が行ってしまう。
 そんな私の不躾な視線に痺れを切らしたのかはわからないけれど、安室さんは手足を器用に動かしながら口を開いた。

「……丹羽さんは、運転免許はお持ちですか?」
「えっ? 運転、免許……?」

 この時代って、乗り物を運転するのに免許が要るの? へぇ……知らなかった。とは口が裂けても言えないので、とりあえず慎重に、無難であろう言葉を選ぶ。

「いえ……多分この先も、特に機会が無いと思うので」

 私は要らないけれど、うちの何名かの男士はきっと取りたがるだろうな、と考える。ちなみに私が持っている免許は、審神者適正免許と本丸運営免許くらい。さもありなん。
 さて、こういうところも勉強不足だ。ボロが出ないようにしなければ。内心そんな事を思っていると、安室さんが前方を見たままフッ、と微笑った。

「そんなに見られると……流石に照れます」
「あぁ、何度も不躾にすみません。以後気を付けますね」

 確かに、ジロジロ見られて良い気はしないものだろう。安室さんは人間で、刀剣たちとは違うのだから。顔ごと視線を逸らして、横の窓から景色を眺める事にする。陽の落ちた夕闇の街並みには街灯やお店、ビルの明かりがキラキラと光っている。
 ぼんやりとその景色を眺めていると、ガラスに反射した車内で、私の背後を輪郭の薄い敵短刀がすい、と泳いだ。

(……この敵短刀()は……何がしたいんだろう)

 安室さんは勿論、刀剣男士とその審神者にさえ、反応も敵対もしないその動きに思考を巡らせる。

(まるで……そう。守護霊みたいな──)

 そう思った時だった。

 *

 キーン、と馴染みのある耳鳴りがして──……その中に誰かの声が混ざっている。男の人の声だ。おーい、おーい、と、誰かに呼び掛けている。

(あぁ……絶対に面倒な事になった)

 これまでの経験則を振り返りつつ、私はそっと瞠目した。

 * * *

 ──私の住む二十三世紀の話をしようか。

 科学医療の進歩で、文字通りこの世から不治の病が無くなった世界。

 人が皆平等に、医療と寿命を享受出来る、夢のような世界。

 ……但し、枕詞に“財力が有れば”が付くのだが。

 私みたいな庶民階級ではそんな恩恵は受けられないけれど──とにかく、科学の進歩はこの時代のテクノロジーと、私の居た二十三世紀のテクノロジーとの間に決定的な“差異”を産んだ。

 そのひとつに、審神者という特殊な能力を始めとした精神的数値の計測が可能になったからというものがある。曰く、“生体力場”と名付けられた、その人間の心や魂の在り方を数値化する理論が科学的に証明された結果──確か、この時代ではまだ“第六感”とか“超能力”と呼ばれていたそれを解析すると、人間の脳は約十パーセント程しか機能していない、という学説は根本から覆されたのだ。

 ──人間の脳の約半分は、その“直感的能力”に振り分けられている──……。

 ……──これが、二十三世紀の常識。つまりは、この数値が高ければ高いほど、審神者や呪術師などの特殊な職業の適性が高い事になるわけだ。
 そしてこの“観測結果”が齎した結果は、科学の在り方を変えた。惜しむらくは、それが時空間戦争に発展する発端になったのだけれど。まぁ、時空間移動の論理はどの国でも最高秘匿事項として扱われている。そりゃな、個人がお気軽に過去や未来に行き来したら改変に次ぐ改変で、世の中カオス極めるからな。
 ただそれを軍事転用した結果、戦争が長引いている気がしなくも無いけれど……これについての政府の考えは未だにわからない。
 
 まぁ、そんな訳で、浄化能力が異常に高い私は時の政府の職員からスカウトされて審神者になった。元々祓い屋紛いで生計を立てていた私が審神者の給与の高さに目が眩んだ訳ではない。断じて無い。ないったらない。
 それはひとまず置いておいて、私のこの浄化能力、敵意や害意があるモノには効果覿面なのだけれど、そうで無いモノ──友好的だったり、助けを求めているモノには機能しない、という制約がある。ある種のバランス調整と言えるか。

 だから、呼ばれてしまうと……必然的に応えなければならないという厄介な縛りがあるのだ。


 * * *


 目を瞑ると、より鮮明に声が聞こえる様になる。瞼の裏にぼんやりと、変わった格好の……えぇと、昔のドラマとかで見たことがあるな。確か、爆弾を処理する機動隊の制服だ。たぶん。
 男の人にしては長い髪の、垂れ目の青年が手を振っている。意識を集中して、私もその空間に自分を具現するイメージを作る。

「おっ! やっと気付いてくれたな!」
「えぇと……貴方は?」
「俺は萩原研二。今日ずっと降谷ちゃんの周りウロウロしてたんだけど、君、絶対見えてると思って話し掛けてたんだよ」
「……えっ?」

 待って待って待って。情報量が多すぎる。

「……とりあえず、貴方の云う“フルヤちゃん”っていうのは、安室さんの事で合ってる?」
「あっ! そっか……ゴメン、名前の事は忘れてくれるか? そう、それで、安室で合ってる」
「なるほど……だとすれば、貴方が見えていたのは間違いでは無いよ、ただ……」
「ただ?」
「……私には、貴方が異形の化け物に見えていた」

 私が答えると、彼は少し驚いた顔をしたあと、人好きのする笑みを浮かべた。

「そっ、か。まぁ、七年も幽霊やってたからさ、そう見えたのかも知れないよなぁ」

 からりと笑うと、今度は腕を組み真剣な表情で私を見る。

「それでさ……本題なんだけど。最近、安室に妙な誘いをする奴が居て……なんだか凄く嫌な感じがするんだ。だから、キミなら何とかしてくれるんじゃないかって。安室がキミを食事に誘うように仕向けたんだけど」
「なるほど、貴方の仕業だったのか。それで……妙な誘いと云うのは?」
「……『過去を変えたくは無いか』って」
「!!」

 なんて事だ。遡行軍の勧誘じゃないか!
 息を呑んだ私に、彼は一歩近付いて手を取り懇願する。

「頼む、ふる……安室は大事なダチなんだ。俺はもう死んじまってるから何も出来ない。だから、キミに頼むしかない……」
「……わかりました。その件は、私が必ず解決しましょう」
「! ありがとう、約束だからな?」
「えぇ、約束です」

 ……誰かと指切りをするなんて、何年ぶりだろうか。
 














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