蝶々結びの朝顔(2)Scissorhands


 ひとまず新一と明美ちゃんも座って、みんなでお茶を飲みながら話を進める。

「あ。そう言えば、新一くんと赤井秀一に本名バレてたな」
「えっ? いつ? どうして?」
「べいかデパートで立て籠り事件あったでしょ、その時ちょうどお母さんも人質になってて……」
「何となく察したわ。自分の子供が偽名使ってるなんて思わないでしょうね」
「だよねー」
「ヒナちゃんのお母さんも、怪我は無かったの?」
「うん。心配してくれてありがと。まぁ、だから、今は私のこと本名で呼んでも大丈夫だよ、新一くん。ただし、次に会った時盗聴器貼っ付けてたら、目と耳嗅ぎ分けられる様になるまでスパルタ講習するから」
「こわ……っ!」

 にっこりと笑顔を向けると、新一が引き攣った表情を浮かべた。いや、あって困るスキルじゃないから会得しといて損はないと思うけどな? じゃなくて、だ。本題に戻ろう。

「……さて、ここで問題です。私の行動について、報告しなければいけない所が二箇所あります。どこでしょう」
「あ、そっか。黄昏の会と公安か……」
「そう。だから、今から連絡してみるけど……ダメって言われるかも知れない。ってか、公安の方は絶対ダメって言われる」
「えー……マジか……」
「とりあえず、ミヤに連絡するね」

 自分の携帯端末を取り出して、兄にコールする。

『おー、どした?』
「あのさぁ、聞いてよミヤ。昨日散歩してたら赤井秀一が来て、捜査協力しろって言われたから断ったんだ。そしたらさ、今度は新一くん巻き込んでたんだよ。どう思う?」
『相変わらずだなー。それで? ヒナと志保と新一が協力して取っ捕まえてやろうって?』
「まぁ、端的に言えば」
『ふーん? ヒナがちゃんと志保と新一の行動に責任取れりゃいいんじゃねぇの。出来るのかぁ?』
「そりゃそうだ。そこはちゃんとする」
『なら頑張って捕まえればいんじゃね? 会としては療養中のヒナの行動について特に制約は無いからなぁ』
「わかった。それと、ヒロたちに何て言えばいいんだろ? 絶対ダメって言われる」
『じゃあ最初から言わなきゃいいだろ。それか、この世には『たまたま』『偶然』って魔法の呪文があるからな。俺からは以上。じゃーな、怪我すんなよー』
「あいよ」

 通話を切ると、新一が「どうだった?」と聞いた。

「うん、いいってさ。怪我すんなよ、って」

 答えながら携帯端末をポケットに仕舞うと、三人が怪訝な顔をした。

「……レイくんたちには、連絡しなくていいの?」
「えーとね、今回私たちは、『たまたま』事件に巻き込まれて、『偶然』犯人を捕まえるんだ」
「全く……ミヤビの入れ知恵ね。逆に感心するわ」
「とりあえず、事件の情報を纏めよっか。昨日の赤井秀一の話だと、その犯人の犯行と断定出来たのが三人。関連して居ると思われるものが四件程確認されてるって」
「俺が聞いたのは、その髪の長い女性ばかりを狙うシリアルキラーは“シザーハンズ”って呼ばれてるってのと、遺体の髪は全て刈り取られ、刃物でズタズタにされた上に遺棄されてるって事。それから……」

 前もって新一が調べていた被害者が拉致されたと思われる場所と、遺体を遺棄された場所を志保がパソコンに入力して行く。
 新一が赤井秀一に会ってこの話を聞いたのが、どうやら昨日の夜らしいのに、たった一晩のうちにひとりでここまで調べ上げるなんて……相変わらずと言うか、やっぱり探偵が天職なんだろうなぁ、と感心してしまう。
 今のところ分かっている被害女性は、髪の長い美人で若い女性、という以外に関連性は無い。被害者同士にも接点はなさそうだ。

「……となると、やっぱり街中とかでターゲットにしてストーキングしてんのかな?」
「あれ、ちょっと待てよ……? なぁ、これ見てくれよ」

 新一が志保から借りた別のパソコンで調べていた画面を私たちに見せた。アメリカでの事件が報じられた地元記事らしいんだけど、当然ながら英語の羅列にめまいがする。読めなくは無いけどさぁ……えーと、長髪の男性も被害に遭った、かな。たぶん。

「何だろ、髪の毛にコンプレックスでもあんのかな。そう言えば、そもそも犯人って特定出来てるんだよね? じゃないと国外逃亡したとかわかんないか。犯人の特徴とか分かればなぁ」
「この記事に、運良く犯人から逃げる事が出来た被害者の証言が書いてあるわね。……『その男は、甘いマスクと巧みな話術で私に近付き、二人きりになると豹変した』……何よ、肝心なところが抜けてるじゃない」
「つまり、口の上手いイケメンの外国人って事だろ? そういう人物が居ても不審がられない場所か……例えば、BARとかクラブとか?」
「あー、確かに居そう。でもさすがにそういう場所はもう調べたんじゃないかなぁ……でもなぁ、FBIの人たちみたいに日本語ペラペラか、新一くんたちみたいに英語ペラペラじゃないと、日本で口説くの難しそうだな」

 うーん、と首を捻って居ると、新一と志保が「確かに」と同意してくれる。少し心配そうな顔で、私たちの話を聞いていた明美ちゃんが「そう言えば……」と口を開いた。

「この間、大学の友達にね、何て言ったかしら……外国人の人たちと語学交流みたいな感じで、お互いに母国語を教え合うイベントに一緒に行かないかって誘われたんだけど……きっと関係無いわね」
「いや……そんな事は無ぇと思うぜ? そこでなら堂々とターゲットを物色できるし、日本語が話せなくても誰にも不審に思われない」
「えっ、明美ちゃん、それ断ったんだよね?」
「えぇ、勿論。ほら、私たち夜間の外出は制限されているから」
「そっか、そうだった。んー……となると、その集まりを調べてみる?」
「そうだな……俺も大学の友達に聞いてみるよ。ただ……」
「ただ?」
「俺が英語得意なの、割とみんな知ってるからさ……俺が行ってみる訳にもいかないんだよなぁ」
「さすが有名人……じゃあさ、私が行きたがってるって事にしたらどう? 微塵も行きたく無いけど」

 私が言うと、志保がこわい顔をする。

「ちょっと、潜入調査の真似事なんて危ないわ。確かにヒナは強いけれど……もしも何かあったらどうするの」
「そうね……私も心配だわ。お酒を飲みながらって言ってたし……」
「えっ、飲酒しながら言葉の通じない相手と意思疎通を図るの? 何そのデスゲーム。こわっ!」

 そんなの、コミュ障には想像しただけで辛すぎる。パリピこっわ!

「とにかくさ、場所と日時だけでも聞いてみるから、それが分かったらまた連絡する」

 そう言い残して新一は帰って行った。行動力すげぇな。これが若さか。でもなぁ、ちょっと心配ではある。うーん、と悩んでから、携帯端末を取り出す。

「……『Hello,World!』ノアくん、居るー?」
《はーい、ヒナ! 居るよー!》
「あのさぁ、私のこの携帯端末に入ってるみたいな見守りアプリ、新一くんの携帯端末にも入れといて貰えないかな? ちょっと心配で」
《確かに、あの子無茶するもんねー。わかった、入れておくね! 通知先はヒナでいい?》
「うん、お願い。……明美ちゃんと志保も入れとく?」

 携帯端末の画面でぴょこぴょこ動き回るノアくんを見ていた顔を上げると、二人は揃って怪訝な顔を浮かべていた。あ、そっか。ノアくんとは初対面(?)だったな、忘れてた。

「えーと、コナンくんが月夜の所に居た時、ヒロキくんって子が居た話は聞いてる?」
「えぇ……プログラミングの天才って言ってたわね」
「そう。そのヒロキくんが作ったAIが、このノアくんなんだよ」
《よろしくねー!》
「えっ、嘘でしょう? これ程スムーズに対話出来るAIなんて……いえ、そうね。ヒナたちの関係者なら何の不思議もなかったわ。それじゃあ、その見守りアプリ、私とお姉ちゃんにもお願いしてもいいかしら?」
《りょーかい! それにしても……シホちゃんのPCには面白いものがたくさん入ってそうだね! 全部見てもいい?》
「こら、ノアくん。乙女の秘密を覗いちゃダメだぞ」
《わかってるよー、ちょっと聞いてみただけ! じゃあインストールしておくから、また何かあったら呼んで!》
「うん、ありがとう、ノアくん」

 画面からノアくんが居なくなったのを確認してから、携帯端末を仕舞う。とりあえずこれでよし。通知が来ない事を祈ろう。

「相変わらず、とんでもない人脈ね……」
「ん? あぁ、ノアくん? かわいいよね。ヒロキくんもかわいいから、今度紹介するね?」
「そう言う事じゃなくて……もういいわ。それで? 今日はこれからどうするの」
「んー……私も少し聞き込みしてこようかな。明美ちゃん、出掛ける時は志保と一緒にね? 大学の行き帰りも気を付けてね? 何かあったらすぐに連絡してね?」
「えぇ、わかってるわ」


 * * *


 さて。聞き込みして来るって言ったけど、当然ながら私にそんなスキルは無い。コミュ障だから知らない人に話し掛けるの無理。詰んでる。

「うむむ……どうしたもんかなぁ」

 ダンタリアンでなら、探索用紙飛行機ですぐ追跡&撲滅出来るんだけどなぁ。兄みたいに機械系に強くもないし、タナトスみたいに過去視も出来ない。やっぱり素の私はポンコツである。とりあえず一番近い遺体が遺棄されていた河川敷に足を向けると、斜面の一角には花が手向けられ、まだ黄色い立ち入り禁止のテープが風に揺れていた。

(……何でこんな目立つ所に遺棄したんだろ?)

 犯人の考えなんてわからん。知りたくもないけど、これ以上被害者が出るのも許し難い。とりあえず手を合わせてからその場所をじっと見つめる。ここに遺棄されていた被害者は、まだ高校生だったそうだ。

(……本当に、とんだシリアルキラーを輸出してくれたな? 許すまじFBI……)

 いや、FBIもちゃんと捜査してるんだろうけど、犯人の方が一枚上手なのかな。そこら辺も私にはわからない、けど。殺された女性たちは、さぞ無念だったろう。それを考えると居た堪れない気持ちになる。

(シザーハンズ、か……そんな悲劇的な名前を付けるなんて……ん? あれ、どんな話だったっけ?)

 携帯端末を取り出して検索してみる……が。あれれ〜? おっかしいぞぉ〜??

(検索に出ない……だと? マジか)

 前世で確かに映画を観た事があるけど、この世界には存在していないらしい。嘘だろ。いい映画なのに。

(となると……どうしてFBIは犯人をシザーハンズって呼ぶようになったんだろ?)

 まさか、FBIにも私みたいな転生者、もしくはいつぞやの天女()さんみたいな人が居るのだろうか。いやいや、まさかそんな……えっ、違うよね?

(管轄はミヤって言ってたな……聞いてみた方がいいか)

 その場から立ち上がり、歩きながら兄に電話を掛ける。

『おー、どした?』
「いや……あのさ。この世界に、私みたいな転生者とかが居たらミヤには分かるの?」
『うん? まぁ、調べりゃわかる』
「なるほど。うーん……えっとね、FBIが追ってるシザーハンズの名付け親が誰なのか、それだけ調べてもらえない?」
『別にいいけど……その言い方だと何か心当たりあんの?』
「まぁ、ちょっと。気のせいかも知れないくらいの違和感って言うか……上手く言えないんだけどさ」
『ふーん? まぁ、調べて連絡するわ。あまり遅くまで出歩くなよー?』
「わかってるよ。じゃあ、頼んだ」

 とりあえずはこれでよし。もうすぐお昼だし、そろそろ買い物して家に帰ろう。

 *

 買い物をしてマンションに戻ると、エントランスで奥様方が井戸端会議をしていた。会釈して通り過ぎようとしたら、なぜか呼び止められてしまう。うへぇ……またヒロのフェイクの仕事の話聞かれんの? 内心を顔に出さないように気を付けながら近付くと、このマンションのお局様的ポジの奥様が話し始める。

「最近お見掛けしなかったけれど、何かあったの?」
「えっ……と。母が入院してたので、実家に行ってました」
「あらぁ、それは大変だったわねぇ」
「えぇ、まぁ……でも退院したので大丈夫です」

 もちろん大嘘である。母は元気だし、実家にも帰ってない。だって闇組織で潜入調査してました〜なんて言えないからな。不可抗力である。

「ほら、最近若い子の失踪事件が多いじゃない? 心配してたのよ」
「あ、えーと……ご心配おかけしました……?」

 ウンウンと頷き合う奥様方に心にもない事を言いながら内心早く帰りたくてしょうがない。しかし抜け出すタイミングがわからぬ。どうしたらいいんだ。引き攣った愛想笑いを浮かべて途切れる事のない世間話を聞いて居ると、背後から聞き慣れた声がした。

「あれ、ユイ。何やってんの。何回も電話したのに」
「えっ? ユウ?」
「頼まれたヤツ持って来たんだけど、忙しいなら後にするかぁ?」

 肩を竦めた兄に奥様方がすかさず食い付いた。

「アラ! もしかしてご兄弟? そっくりねぇ」
「双子なんですよ。いつも妹がお世話になってます」

 にこりと人好きのする笑みを浮かべた兄が、私が持っていた買い物袋をひょいと取り上げ奥様方に挨拶をしてエレベーターに向かうのを慌てて追い掛ける。扉が閉まると同時にため息を吐き出すと、苦笑いの兄がエレベーターの壁に背を預けながら私を見た。

「お前が一番苦手な人種だな」
「それな……どうして何時間も話してられんだろ? バイタリティーがすごい」

 やっと部屋に着いて買った物を冷蔵庫に入れたあと、兄と自分にコーヒーを淹れてラグに座る。ソファーに座っていた兄が、鞄からタブレット端末を取り出しローテーブルの上に置いた。

「……それを出すって事は、やっぱりヒットした感じ?」
「ん。でもまぁ、ヒナと世界線も違うし、素行を見るに害は無さそうだから放置でいいと思うけど」

 液晶画面に表示された、ガタイのいい外国人男性。あー、待って? 確かこの人見た事あるな。いつだか月夜が吊るしてたFBIの中に居た気がする。

「なるほど……じゃあその件は解決だな。それにしても、何で捜査難航してんだろ?」
「あー、そっか。ヒナは知らねぇのか。あのな、そしかいの時やらかしたせいで、FBIは日本で捜査する場合は必ず日本の捜査本部と合同じゃなきゃダメって取り決めがあったんだよ」
「なんだと? えっ、待って? じゃあ私と新一に声掛けたの、完全にアウトじゃない?」
「そー。バレたら即捜査権限取り上げ。バカだよなぁ」
「マジか……今すぐヒロに告げ口してやろうかな」
「はっは! フルヤくん達ブチ切れ案件だな」

 楽しそうに笑う兄に胡乱な眼差しを向けると、笑みを引っ込めた兄が思案顔でタブレット端末を操作した。

「……情報提供してもいいけど、どうする?」
「うーん……」

 言葉に迷って口ごもる。事件の早期解決には、兄に情報を貰うのが手っ取り早いだろう。でも、何だかズルをして居るような気がしてしまうのだ。禁書と異能を持っている身としては、今更なんだけどさ。

「じゃあさ、犯人の顔だけ教えて?」
「そんだけでいいのかぁ?」
「うっ……でもほら、なんて言うか……」
「ズルしてるみたいで嫌なんだろ?」
「……うん」

 バレてーら。まぁ、当たり前か。

「そりゃさ、俺たちにしてみりゃ異能も何も無いただの人間ひとり捕まえんのなんか楽勝だけど。人脈も能力も自分の実力の内だろ。そんな難しく考えなくていいんじゃねーの?」
「そう、なのかな……?」

 悩む私に、兄は「んー」と何かを考えたあと、口を開く。

「わかった。じゃあ俺もヒナたちの捜査に加わるわ」
「えっ!? いいの?」
「まぁ、とりあえず今のところ急ぎの案件は無いからなぁ。志保と新一の経過診察も兼ねて」
「あぁ、そういう……うん。助かるよ」


 * *


「……ってな訳で、ミヤも捜査に加わるって」
「よろしくなー」

 次の日、阿笠邸に集まると志保と新一が驚きの表情で私と兄を見比べる。明美ちゃんは今日は一コマ目から授業があるらしく不在。私と兄に紅茶を淹れてくれた志保が、少し心配そうな顔をした。

「ミヤビも一緒なら心強いけれど……本当にいいの?」
「おー。俺の仕事、どこに居ても出来るからな。それに、男手も必要だろ?」
「そりゃミヤビさんに比べたら俺は非力だけどよ……で、作戦とかあんの?」
「もち。ちゃんと用意して来たから安心しろって」

 そう言うと兄は、映像投影のガジェットをテーブルに置いた。それを兄が操作すると、空中に半透明のスクリーンが幾つも展開される。相変わらず謎技術。新一が「うぉっ、スッゲェ……」と感嘆の声を上げた。

「じゃー、まず犯人なんだけど、闇医者で整形して顔変わってる」
「わぉ……そりゃ見付からないワケだ」
「んで、次。この犯人を匿ってるヤツが居る」

 すいすいと空中に浮かぶスクリーンを指先で操作した兄が、日本人女性の顔写真と経歴を表示させた。良くも悪くも平均的、と言えばいいんだろうか。どこにでも居そうな普通の女性だ。逮捕歴等も無し。そんな人が、何で犯人を匿ってんだろ? と首を傾げると、また別のスクリーンに被害者たちを表示させた兄が、新一を見た。

「……この中に、一人だけ犯人が殺してない被害者が居る」
「それって……もしかして」

 兄のその一言で、すぐさま閃いたらしい新一が息を呑んだ。えーと、それって同じ手口で殺した犯人がもうひとり居るってことだよね?

「何だっけ……模倣犯、だっけ?」
「そ。それがこの女ってワケ」
「なぁ、どうしてわかったんだ?」
「あのさぁ、俺一応医者なんだけど? ちゃーんと検死も出来るぞ?」
「あ、そっか……でも、それなら赤井さんたちや警察も気付くんじゃねぇのか?」

 そう言われた兄が、また別の映像を表示させる。鑑識と検死の画像と検死結果だろう。中々にエグい映像だけど……新一と志保は眉ひとつ動かさずそれを見ていた。うん、杞憂だったね。知ってる。じっと検死結果を見比べていた志保が、首を傾げた。

「……大した差異は無いように見えるけれど……どこが違うの?」
「当ててみ?」
「…………ダメだ、ぜんっぜんわかんねぇ。死因も同じ、傷の深さや数も大体一緒だし……同一犯としか思えねぇけど……?」

 新一と志保が兄を見る。小さく肩を竦めた兄が説明を始めた。

「……三番目の被害者にだけ、特徴的な裂傷が一つあるだろ?」
「もしかしてこの、脇腹の傷?」
「そ。他の傷は大体、臓器を傷付けない絶妙な手加減がされてるが、この傷だけ下行結腸まで僅かに達してる」
「……えっ? それだけ?」
「そー。それだけ」

 ポカンとした新一に、兄は英語で書かれた画像を取り出す。もしかしなくてもコレ、連邦本部から抜いたヤツだな。

「初期の犯行の際には良くあったけど、何十人も殺してるうちに上手くなったんだろーよ。んで、犯人も意図してそうしてたと思う。だけど、この三番目の被害者だけは女が殺した。そしてそれを犯人が指導してたと俺は推測する」
「指導、ね……何故そんな事をしたのかしら」
「さぁな。動機なんざ知らんが、とりあえずこの女が標的選んでると思うぞ?」
「そうか、だったら英語が話せなくても問題ねぇもんな」

 納得したらしい新一が、ひとつ頷いた。

「……で、犯人たちはどうやって誘き出すの?」
「お前らに囮になってもらう訳にもいかないからさ、タナトスに魔具作って貰ったんだよ」

 そう言って、兄が鞄から取り出したのはとても見覚えのあるブレスレット。それアレだろ、リコが着けてるのと同じ系統の魔具だろ。ブレスレットを兄が装着すると、兄の姿が一瞬で変わる……ってオイ! 何だそれ!?

「ちょっと!? 何でさらさらストレートヘアバージョンの私!?」
「はっは! びっくりしたかぁ?」
「……ヒナが二人居るわ……」
「す、すげぇ……!!」

 新一が目を輝かせているのは見なかった事にする。それにしても、声まで私と一緒とかやめてよ! 自分で言うのも何だけど、すごい気持ち悪いよぉー!!

「まぁ、コレで釣れんだろ。な、新一?」
「えぇっ!? 何で俺に同意求めんの?」
「それとも新一が着けるかぁ?」
「なっ!? いや、やめとく……」

 新一の女の子バージョンか……きっと美少女。絶対見たい。たぶん同じ事を考えたんだろう、志保も新一をじっと見ていた。


 * * *


 女の子バージョンの新一はとっても美少女だったとお知らせしておく。ちなみに声は個人宅配便事業を営む魔女っ子だった。かわいいかよ。志保と一緒に無言で写真と動画を撮ったので、後で明美ちゃんにも見せてあげよう。何ならもう一回ブレスレット着けて貰おう。そうしよう。それより、だ。

「ねぇちょっと。その姿でタバコ吸うのやめない? 何かすごい嫌だ」
「まーまー、気にすんなって。さってと、行動パターン把握よし。ヒナ、出掛けんぞー」

 阿笠邸のリビングから見える位置の庭に座り、くわえタバコで自前のPCを弄っていたが兄が、携帯灰皿に吸い殻を入れてから立ち上がる。

「それにしても……誰かに見られたらどうするんだ?」
「従姉妹とか言って適当に誤魔化せばいんじゃね?」
「お母さんの親戚に女の子居ないじゃん……」
「別にそこまで調べねぇだろ。大丈夫だって」

 ホラ、行くぞー、と私とほぼ同じ声と姿の兄が玄関を出たので、慌てて追い掛ける。ちょっとその靴私のじゃない? もー……別にいいけどさぁ。

「それにしても、共犯の女性が美容師とか……シザーハンズ、言い得て妙だな」
「まぁ、そこは偶然だろーけど、凶器は間違いなくハサミなんだよなぁ」
「うへぇ……溺死させたあとハサミでズタズタにするとか、何がどうしてそうなったんだ……」
「あのな? この世界には色んな趣味の変態が生息してんだよ」
「それだいぶ前にも聞いた……嫌過ぎる」

 うげぇ、と顔を顰めながら、共犯の女性が勤務する美容室を目指す。兄は昨日のうちに予約を入れといたらしい。相変わらず用意周到だ。
 店内に入ると、いらっしゃいませ〜と美容師さんが出迎える。私はコミュ障なので美容室がとても苦手だ。髪は母か兄に切ってもらうので、生まれてこの方片手で足りるくらいしか来たことがないくらいには未知の場所。すげぇ、何か良い匂いする。シャンプーかな。

「予約してた小鳥遊ですけど」
「はい! お待ちしておりました〜、こちらへどうぞ! お連れ様はどうされますか?」
「えっ? えっと……」
「折角来たんだからトリートメントとかヘアパックして貰えば?」
「それでしたら、ヘッドスパ付きトリートメントコースがオススメですよ!」
「えぇ……? じゃあ、それで……」

 ひぇ。ここはコミュ障の来るところじゃねぇ。ひたすらビクビクしながら髪を洗うところにご案内される。兄は鏡の前に座り、指名したらしい共犯の女性である美容師さんと談笑している。首にタオルやら何やらを装着された私は、ひたすらされるがままになるしかなかった。

 そして一時間後。

 美容室を出た私は、ただひたすらに気疲れしてげっそりしていた。でも、髪の毛がめっちゃサラッサラになった。そして何故かヘアアイロンで髪を伸ばされたので、今や兄と殆ど見分けが付かない。オススメされるがまま志保と明美ちゃんの分も買ったシャンプーやコンディショナー一式の入った紙袋をぶら下げながら阿笠邸に戻ると、先に戻っていた新一と志保が兄と私を見比べ「どっちがどっちだかわからない」と声を揃えた。

「あれ? 髪切って来たんじゃねぇの?」
「前髪だけな? それにちゃんと釣れたし」
「釣れた、って……どう言う事なの?」
「短くするか迷ってる、って言ったら『今度サロンモデルやってみませんか? 妹さんもご一緒に』って」
「何で私まで……遺憾の意」

 兄の口八丁に呆れながら、志保に買ってきたシャンプー一式を渡す。

「これ、最近話題のヘアケア用品じゃない。いいの? 貰っても」
「この前のお礼だから気にしないで。明美ちゃんにも渡しておいて。髪がトゥルントゥルンになるよ、ほら」

 頭を差し出すと、私の髪に手櫛を通した志保が「すごい、本当にトゥルントゥルンね」と目を輝かせた。

「何だっけ、ああいう犬居たな……あぁ、アフガン・ハウンド」

 ボソッと呟いた兄の言葉に、新一が吹き出した。なんだと? 今兄も同じ姿でしょうが!




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