いつも通り午後の稽古に勤しんでいたてつこだが、あまりの暑さに今回は早めに切り上げた。 未だ伝う汗にうんざりしながら居間に足を踏み入れる。
「あ、お疲れっす」
顔を向けるとローライズ・ロンリー・ロン毛が棒つきアイスを銜えながらリビングで寝入るリリエンタールとマリーにブランケットをかけているところだった。
「二人とも寝ちゃったの?」 「ちょっとはしゃぎすぎたみたいっスね」 「ふぅん。…ごむぞうと紳士は?」
兄は今日は仕事だからいないのは当然だが、あとの二人はどこだろうとてつこは周りを見回した。
「三階でチェスしてるはずです」 「え、ごむぞうと?」 「おれが教えたらすぐ覚えましたよ」 「へー。さすがごむぞうね」
ソファーに腰を下ろしたてつこは汗を拭きながら目を丸くした。
「…ウィルバーさんまだまだ初心者レベルだし、今日は暑さに若干参ってるみたいでボロ負けしてたんスよ。あの人負けず嫌いだからまだしつこく挑んでるんじゃないスかね」
不憫なごむぞうに同情したのか、教えるべきじゃなかったかもしれませんねーと、どこか遠い目をした男は無造作にてつこの隣に座った。 ドサッと音がして、反動でてつこの身体まで跳ねる。紳士組などと名乗っているだけあって普段は慇懃だが、ごくたまにこういう面を覗かせる。 もう、とてつこが目線をやると、男はぼけっと中空を眺めながらアイスを舐めていた。
てつこはタオルを動かす手を止めて見入った──とても、おいしそうだ。
「…いいな…」 「はい?」
小さな呟きに隣を見た男は瞠目した。
物欲しそうに見上げてくる少女の瞳はうっとりとし、暑さのせいもあってかとろんとしている。 こくんと唾を飲んだ喉の動きが妙に目を引いた。同時に甘く香る汗の匂いにくらりとする。 男が良からぬ妄想を抱いたとき、少女がすり寄ってきた。 男の袖をくん、と引っ張り、薄く唇が開く。 呼吸を止めて見つめる男に向かって紅い唇が微かに「ほしい」と象った。
ただ好物のアイスが食べたくておねだりしただけのてつこであったが──その挙動は、生憎そういった行為はしばらくご無沙汰であった男の炎を灯らせるのには充分な威力を持っていた。
「…いいっスよ。──食べさせてあげます」
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