novel | ナノ






夕食に誘われた桜は夕方日野家を訪れた。
先に来ていた双子の姉に迎えられてダイニングキッチンへ行くと、料理を運ぶ兄とローライズ・ロンリー・ロン毛以外はすでに席に着いていた。

「きょうのばんごはんはみんないて楽しいですな!」
『あ、さくら。こんばんは』

呼びかけてくるマスコット的存在に手を上げて答えた桜は、もう埋まっているてつこの両隣に目をやった。
そしてその右隣の席に座る人間にイラッとした。

リリエンタールが日野家に来るまではまだてつこの隣に座ることができた。
基本的にてつこの隣には兄が座るが、姉の雪がいない場合は反対側が空いているからだ(なんだかんだ兄よりもてつこの方が好きな雪は颯爽とてつこの隣を独占する)。
だが、リリエンタールという弟ができてからはその反対側も埋まってしまった。
仕方ない、日野てつこという少女は家族思いなのだから。

そう、仕方ない。それはいい。構わない。全然我慢できる。

が、今はその日野兄はまだ忙しなく料理を運んでいて──つまり立っている。だからリリエンタールが大好きな姉の片側に座っていてもその反対側が空いているはずだ。
いや、空いていなくとも、雪とかマリーが座っているならいい。

──なんでウィルバーが座っているのだ。

どけよこのやろう。ハッハッハごきげんようじゃねぇよこのやろう。おまえ犬のライバルなんだろじゃあ犬の隣に座りやがれ。

大体なんでてつこも大人しく座っているんだ。
いや単に自分が動くのも相手を動かすのも面倒だっただけなのだろうが。
とにかく気に入らない。
気の利くてつこがウィルバーの取り皿におかずを取っているのとかマジで許せない。ウィルバーだけにではなく他のメンバーにも取ってやってるけど、そこは問題じゃない。

誰のを取ろうとソイツのは取んな。笑顔で受け取んなおっさんテーブルの脚に小指ぶつけろ。

ゴゴゴ…と音がしそうなほどオーラを立ち昇らせた桜にてつこは不思議そうに目をやった。

「早く座れば?」
「からあげはきらいですかな?」
「あれ、そうだったの? ごめんね」

てつこの言葉に、兄が運んできた唐揚げに夢中だったリリエンタールが首を傾げる。
てつこの声にはいつも瞬時に反応する桜は、リリエンタールにいや別にと応え、兄には好きすよ唐揚げと言いおいて、そうだな座るか、とウィルバーの位置と存在を無視することにした。

『ここ空いてるわよさくら』

可愛らしい声がして、見下ろすとマリーが微笑みかけてきていた。
こいつ(とてつこ)はこんなに可愛いのになんだあの外国人は。大体エセ紳士のくせして…いかん、いかんいかん無視だ無視。

マリーが指し示した席は、マリーの左隣で、リリエンタールとどっかのスーツの斜め向かい、てつこの正面に当たる。

椅子を引いて座った桜は視線を感じてそこに目を向けた。すると、例によってにょきっとなんだかを尖らせた姉がぷくくと笑っていた。
どうやら少なくとも姉には心中駄々漏れだったらしい。遠慮なく肩を震わせる姿にカチンとくる。

「何やら楽しそうですな、この紳士にもその所以をお教えくださいお美しいお嬢さん!」

いやおまえは黙れおっさん。あとさりげなくてつこの肩に手を置くな死ね。部下に謀反起こされろ。

そこで目をやればやっぱり腹を抱える実の姉。最早爆笑だ。
分かった。笑っていい。百歩譲って笑っていい。笑っていいからせめて忍べ。忍び笑え。

諦めた桜が、どうぞとローライズ・ロンリー・ロン毛が手渡してくれた箸を礼を述べて受け取り、でも箸じゃなくて剣か槍か矛を持って上司ぶっ刺してくれねぇかなと少々バイオレンスな発想をしながら目をあげると。
正面なのだから当然だが、てつことパチ、と目が合った。

──そういえば、てつこの正面に座るのはこれが初めてかもしれない。

リリエンタールが来る前も食事にお呼ばれしていたが、兄、てつこ、それと自分たち姉弟の4人でテーブルに着く場合、てつこの隣は兄、てつこの正面はやっぱり姉に取(盗)られていたからだ。

椅子に座るせいで、いつもより目線の高さが近い。思わずじっと見つめると、てつこの頬が染まった。
あ、可愛い、となおも見つめると慌てたように目を逸らされる。長い睫毛が震えて、目が伏せられた。目元まで赤くなる。

「あれ、食べないの? さくらくん」

とようやっと料理を運び終えて桜の左に腰を落ち着けた兄に声をかけられるまで桜はてつこを見つめ続けており、その頃には頬だけでなく全身桃色に染まっていたてつこは俯いて震えるしかなかった。







(正面てのもいいかもな)
(どうしよう…かおあげらんない…)
(ぶはっ! やっぱさくらって笑えるわ!)
(てつこ? まっかっかですぞ? どうしたのですかな?)
(てつこもさくらも分かりやすいわね…)
(よく分からないけどみんな楽しそうだなぁ)
(ふむ、これはお二人のお仲間に入れていただくべきですかな)
(気持ちは分かりますけど、ウィルバーさんはこれ以上さくらくんを怒らせたらヤバイっスよ。まぁどうなろうと知ったこっちゃないスけど)







2010/04/30