novel | ナノ






名で呼んでください、片膝をついて自分を見上げる男に少女はまばたきした


はぁ、よく分からないときに出る短い返答に、さらに言葉が付け加えられて繰り返された、お嬢さんに名前で呼んでいただきたいのです

だからなぜ、問うべく目線を下にやった少女は、華奢なその手を取られ、困惑した



ほんの少し、気づくか気づかないかくらい微かにではあるけれど、どうしてあなた震えているの


緩く握りこまれた指先から伝わる振動と熱に、問う内容を先ほどのそれとは変えて、音にしようと空気を取り込んだ


ねえどうしたの、吸い込んだ気体を吐き出しながら音が形づくられる前に、男が口を開いた

お願いします、あぁ今度は声まで震えているじゃありませんか、手を取ったまま俯いた相手の表情など少女から見えるはずもなく、彼女は眉を下げるしかなかった、もう、困ったわね



まるで身を裂かれるとでも言いたげな様子だけれど、あなた子どもだもの、どうせ大した理由じゃないんでしょう

答えを望んでも無駄だろうか、何も言わずに丁寧にセットされた髪にそっと左手を乗せる

優しく、ゆっくり、少年のような男を宥めるように少女は撫でた、あら柔らかい



私だけでしょう、落ちる音は触れられて僅かに身動ぎした男自身の衣擦れに邪魔される

聞き返す少女の声に答えずにじっと目を閉じて聞き入った男は、首を振った、ほかの方々は名で呼んでいるでしょう、え、なに、よく分からないんだけど、お嬢さん!

重ねて遮った男は、微笑を浮かべて、なんでもありません、お嬢さんを困らせるなどらしくないことをしてしまいました、困らせるのはいつもじゃない、そんな言葉には耳を貸さず、小さな手に恭しく口付けを落とした







(曖昧な僕をその声で形にして)






2010/03/04