novel | ナノ






「つまり平たく言えばロリコンなんだろおっさん」
「何をおっしゃる。私は紳士、紳士ウィルバーです!」
「うるせぇな、何回言うんだよそれ」

鮮やかに散る火花が見えるかのような攻防を繰り広げているのは、日野家に押し掛け、じゃなかった訪れて見事に鉢合わせた、春永桜と(自称)紳士ウィルバーである。

随分と長い間堂々巡りの会話が展開され(しかも現在進行形)、最早仲裁を投げ出した──というより元より面倒事はごめんだと思っている──てつこは、リモコンでテレビのチャンネルを変えた。
一周してみたが、大して興味を引くものはない。

さてどうしたものか、と周りを見回したてつこの目に全身黒ずくめの男が映った。

桜とウィルバーがなんかごちゃごちゃやり始めて──つまり日野家に来た瞬間──から、特に何をするでもなく(てつこ個人としては二人を止めて欲しかった。もう諦めたからいいけど)、ぼうっと突っ立っているその男に声を掛けた。

「ねぇ」
「なんスか?」

どこを見ているかも分からなかった男は不意に話し掛けられたというのに、特に驚く様子もなく瞬時に返答した。
その反応に、やっぱりこの人相当デキる、と思いながら言葉を重ねた。

「止めなくていいの?──あんたの上司、小学生とケンカしてるわよ」

しかも結構長い時間である。てつこが彼の立場だったら、全力で異議申し立てしたい状況だ。

「……ウィルバーさんはわんことライバルになりたがるお人っスよ?」

あ、そうだった。そういうお方だった。

ぁ、わんこを馬鹿にしてるわけではないので、と付け加えた相手に、てつこはすごい勢いでもの悲しい気持ちに襲われた。

「……想定の範囲内ってヤツ?」
「ウィルバーさんはいつもおれの予想の右斜め上…具体的に言うと38度上を行きます」
「紳士とは良くも悪くも予想と期待を裏切るもの!」
「──迷惑すね」

あぁこの人本っ当に苦労してるのね…、と改めて(同情に満ちた目で)見上げたてつこに、男はいきなり会話に入ってきた上司をはっきりバッサリ斬りながら首を傾げた。

「お嬢さんこそ止めなくていいんスか」
「なんであたしが。イヤよ、疲れるし」

さらっと流された男は目をしばたたいた。「なんであたしが」?

「口論の原因、」
「あたしが知るわけないでしょ。ま、単に相性悪いんじゃないの。さくらが初対面の人間にあんな態度取るの初めて見るし」

相性が悪いとのあたりは正解であるのだが、どうやらこの娘は子どもじみた大人と大人びた子どもがなぜぶつかっているのか、全く気づいていないらしい。

「─…お嬢さん鈍いと言われたことは?」
「は?…言っとくけどあたし反射神経には自信あるわよ?」

いやソッチじゃなくて、と言おうとした男だが、普段からツッコミばかりしていて最近少々ウンザリしてきていたのでやめた。別におれに害はない。

何かを言いかけてあからさまに投げ出した男に不審な目を向けつつ、時計の針が示す時刻に気づいたてつこはソファーから腰を上げた。

「ね、つまりあんた今暇なのよね?」
「…まぁそうっすね」

上司は飽きもせずバチバチやっているし、いつの間にか己の弟子となった、目の前の少女の弟(らしい)は絶賛お絵描き中だし、しかも随分と可愛らしい幼女──明らかに生者ではないが、そこに何か言うほど野暮ではない──と一緒に盛り上がっているから、完全に手持ち無沙汰である。
帰っても問題なさそうなくらいすることがない。いや、帰っても問題は皆無だろう。可能性すら一切ない。そして帰りたい。ぶっちゃけ帰りたい。帰っていいですかそこの紳士もどき。観たい再放送あるんだけどな!

なんて心中はおくびにも出さず淡々と──つまり冷めた表情なので、ある種心の声駄々漏れとも言えるが──答えた男に、少女は顔を輝かせた。
常にはないそれに、珍しいものを見た、と誰も気づかないほど僅かに表情を和らげた男は、目線だけでなんスか?と促した。

「稽古、付き合ってくれない?」

普段は一人でやっているがやはり相手がいると違うのだと説明する少女に男は黙した。

ややおいて、ローライズ・ロンリー・ロン毛は日野てつこに向き直ると、

「─…おれは結構強い、スよ?」

フッと笑った。

初めて見せた笑みに──しかもそれが不敵なものだったので──てつこは目を瞠った。
ちなみに、普通初めて見せる笑顔って優しいとか温かいと形容されるものになるのじゃないか、と思った少女は自分がわりと似たようなことをしてきているが自覚するには至らない。至る気配は全くない。

一拍置いて、同じように笑う。

「──知ってる。だから頼んでるの」



帰れ犯罪者予備軍が、謂われない悪意を向けられてもあんまりへこたれないそれが紳士、謂われあるだろありまくりだろ、フフフさすがにそろそろ泣くかもしれませんよ、泣かんでいいからとっとと帰れ、本当に紳士的ではないですね、つか既に犯罪者だっけか、あぁ全然聞いてないですね全く紳士的とはほど遠い、などとなんとも下らないやり取りをただただ繰り返す二人は、ふと気づいた。

そもそも争っていた原因というか目的というか、はたまたお目当てというか、まぁとにかく愛しのあの子がいない。

ビシィッと指を突きつけて、貴方のせいですよと宣う相手を華麗にスルーして時計に目をやった桜は、この時間──17時12分──ならガレージだな、と居間から出ていった。そしてウィルバーもついて行った(桜は心底嫌そうな顔をした)。



そんな二人がガレージで目にしたのは、今まで見たことがないほど楽しそう顔で組手に熱中している日野てつことローライズ・ロンリー・ロン毛であった。







(なるほど、これが漁夫の利というヤツですね)
(…あれアンタの部下だろ、やめさせろよ)
(ふっふっふっ…ローライズ・ロンリー・ロン毛は私の命令を実は全く聞きません!)
(なんで誇らしげなんだよ)
(それにしても羨ましいですね。このウィルバーも参戦させていただ、)
(それはやめとけ)








2010/02/17