(……おっきい)
というよりなんかデカい。 てつこは目の前の背を見て思った。
桜は12歳のわりに身長が高い。双子の姉に聞いたところ、学年の中でも飛び抜けているそうだ。
対して自分はどうか。 好き嫌いもなく、毎日鍛練を欠かさず──だというのに。
(なんで伸びないかな…)
桜とは対照的にてつこはどちらかといえば──というかかなり小柄な方だ。 もしかしてむしろ鍛練のせい? いやいやまさかそんな。
はぁ、とため息をついたところで桜が首を回して視線を寄越した。
「なんだ?」 「なにが?」 「さっきから見てたろ」 「…別に大したことじゃないわよ」
ふいと顔を背けると、桜はくるりと体をてつこの方に向けた。
「なんだよ気になるだろ」
完全に歩みを止めて、腕を組んで首を軽く傾ける。 気になる、というよりどちらかといえば面倒くさそうなその様子にてつこは妙にイラッときた。
(見下ろさないでくれる…!?)
桜と話すときは毎度見上げ見下ろされ、身長差をいつも嫌でも認識させられる。 てつこ自身桜に他意がないことは当然わかっているが、どうしても腹が立ってしまう。 もっと体格があれば、拳法の技の幅だって広がるし、何より日常生活で絶対便利だ。と思う、多分。いや知らないけど。
「おい?」
なぜか自分を睨んだまま黙りこんだてつこに桜は眉根を寄せた。
「─…気分でも悪いのか?」
無言のてつこにすっと近寄る。 1メートルほど空いていた距離が詰められ、ますます少年の身長を目の当たりにして──至近に寄せられた端正な顔に焦ったせいもあるが──てつこは、
「…っだからデカいのよ!!」
と高速でその拳を繰り出した。
「はっ? ちょ、おいっ!」
桜にしてみれば意味不明以外の何物でもない言葉に驚きつつも、間一髪、桜はギリギリで避けてなんとかその若い命を守った。 珍しく焦った表情──当然だが──で、再びてつこの顔を覗きこんだ。
「なんだよ一体」
まるで見えない話と生命の危機に晒されたこととで顔をしかめながら、念のため華奢ながらも危険極まりない細腕をガッチリ掴んで尋ねた。 両腕を掴まれたことでハッとしたてつこは気まずそうに目を逸らした。
「ごめ…なんでもない…」 「どう考えてもなんでもなくないだろ。言えよ」 「………………さくらってデカいなって」 「それは聞いた」
おかしいだろ、たまたまちょっと身長があっただけで渾身のストレートが飛んでくるはずないだろ、とため息とともに吐き出された当然の抗議に、うっと詰まる。 逸らしたままだった目をちら、と一瞬だけ向けると、一瞬だけのつもりがじっと見つめる桜の目に捕まってしまう。
(何がなんでも聞き出すつもりね…)
自慢じゃないが、昔から桜にこの目をされて言い逃れできたことなどただの一度もない。 なにせ桜はあの兄と渡り合える人間なのだ。 てつこが勝てるわけがない。
「……さくら、は…おおきいでしょ?」 「まぁそれなりにな」 「それなりって。─…なのにあたしはあんまりおおきくないなぁって」 「……」 「……」 「…………終わりか?」 「ぇ、うん」 「……」 「……」 「それだけ、か…?」
思いの外あまりにも短かった語りに、当たり前だが脱力した桜にてつこは真っ赤になった。
「それだけって、気になるんだからしょうがないじゃないっ」 「…いやおまえ…」
しっかり掴んでいた腕から放した手を額にやる。 それだけでおれは拳を向けられたのか…、とあからさまにぐったりされて、てつこは一瞬黙って申し訳なさそうに俯いた。
「……ご、ごめん…」 「いや…おれはまた具合が悪いとかなんか悩んでんのかと思ったから…別になんともないならいい」
一度ため息をついて、
「だから顔上げろ」
と、命令口調でありながら、どこか優しげな響きにてつこはおずおずと顔を上げた。 そうやって見上げた先にはしょうがないなと言いたげな笑みがあって、てつこはまたもや黙らざるを得なくなった。
てつこが桜に対して大きい、と感じるのは何も背丈だけではない。 その度量が何よりも羨ましいのだ。 昔から、楽天的な兄と強情な自分とがどんなに迷惑をかけても最後まで面倒を見てくれる。 こと最近に至っては、弟関連でどれだけ助けてもらったことか。
その優しさにどれほど救われたか、どれほど感謝しているか、どれほど尊敬しているかを、桜は知らない。
周りがどう思っているかなど関係なく、桜は行動するのだから。
なんて大きな人だろう、とてつこが心中でこれ以上ないほどに好ましく思っていることだって間違いなく気づいていない。
「……ホントおおきいわよあんた」 「あ? まだ言ってんのか。まぁおまえも今から伸びるだろ」 「そっちじゃないわよ」
今度はしっかりと見上げて、てつこは笑みを浮かべた。
(いつもありがとう)
いつかキミと同じくらいになりたいの (…でもあんま伸びんなよ) (は? なんでよ) (ん…上目遣い?) (は?)
2010/02/06 |