野球部あたりか、かけ声が遠くに聞こえる。
──その声よりも、遥かに的確に鼓膜を震わせるのは、
「……ゃっ…んぅ…!」
口づけの合間に漏れる吐息。
普段ならおれが敵うはずのない、その細いながらも力を持った腕は、おれを押し返すような動きを見せながらも弱々しくさまよっている。 膝に抱えあげたせいで、けして短くはない丈のプリーツスカートはすっかりめくれ上がり、その白い脚はさらけ出されていた。 そこに緩く手を這わせ、赤く染まった耳元に息を吹き掛ける。
途端、跳ねる身体。
この間ダチに、お前の声は低くて女が好きそうだ、顔も良いのに全く羨ましい、なんてからかい混じりに言われた言葉をふと思い出し、それならばと意識してより低くそこに囁いた。
「てつこ…」
すると、また頬を染め上げて、ああなんだか美味そうだ、などとおれが熱に浮かされながら思っている間に、至近のその大きな瞳は雫に埋もれていった。
「…さ、…くら…もっ……やだってば…!」
華奢な身体をびくつかせてふるふると首を振り、眉根を寄せて目を伏せる。 動きにしたがってサラサラとした髪が流れて、うっすらと汗が浮かぶ頬にまとわりつく様はなんともいえない。
見つめる先で益々溢れる水滴。
太ももを撫で上げる動きはそのままに、こいつが泣くなんて珍しいな、と思った。
というより、おれの前で泣くことが珍しい。 こんな風に弱々しく涙を溢す姿は初めて目にする。
おれは、いつも意地を張って弱味を見せない彼女をもどかしく感じていたから、もっと周りを、おれを頼ればいいのにと常日頃思っていた。 だから、そういう意味で、泣けばいいのにと思ってはいた。 決してこんな状況で、こんな風に、泣かせたいなどと思ったことは、かつて一度もない。
なのに、
「いい、な…おまえの泣き顔…」
──さぁ、もっと泣け。
可愛い。 愛おしい。
もっとその顔を見せてくれ。 おれに、おれだけに。
「…っに、言って」
さらに引き寄せて、再び重ねて、絡める。
「ふぁっ…ン、…めてってば…っ…ひ、人が来たら…!」
静まり返って、それでもいつ誰が来るかわからない放課後の教室。 不特定多数の来訪を恐れるてつこは、ぽろぽろと涙を溢して、それは、やはりとても。
正直、こんなてつこを誰かに見られるなんてごめんだ。 こいつは、今おれの腕の中にいるものは、おれだけのものだ。 誰にも渡さないし、見せない。 見せたくない。 そう思っているというのに、
「─…はっ…悪い、止まんね…ッ」 「──!?」
最早掠れた声しか出ない。 彼女以上に、おれは追い上げられている。
涙を浮かべて赤く染まったその目に、微かに漏れる甘いその声に、恥ずかしげに身を捩るその仕草に、煽られる。
──全てが、奪われる。
「さく、ふぅっんん…!」
何度味わったか分からない口腔に再度舌を伸ばす。 漏らす吐息すらも甘い彼女をもっと感じたくて、抱きしめる腕に力を込めた。
これ以上ないほど近くで交わった視線は、溶けそうなほどに熱を孕んでいた。
彼女は起爆剤 (おれは理性的な人間だと思っていたんだけどな)
2010/02/04 |