一日があと数時間で終わるという頃、だがしかし日野家長女の誕生祝いはまだ終わる様子もなく、家人たちは賑わっていた。
そんななか、てつこは隅の方でやや俯き加減で椅子に座す男にふと気がつき、近寄った。 覗きこもうとしたところでス、とアイスブルーが現れる。
「寝てるのかと思ったわ」 「いえいえ。今日という素晴らしき日を噛みしめていたところです」 「は、はぁ…」
相変わらず大仰だとてつこは微妙な顔をした。 それに気がついているのかいないのか、男はにこやかに言葉を続ける。
「お嬢さんがこの世にお生まれになった奇跡を、お嬢さんをこの世に遣わしてくださった神に感謝しておりました」
カップを目線の位置まで掲げて、縁に口をつけた男に、てつこは眉を寄せた。 それはちょっと違うんじゃないの。
「…なんでそこで神さまなのよ」
肩に流れ落ちた黒髪に目をやっていた男はてつこの顔に視線を戻し、ふ、と笑った。 カップを戻したソーサーを脇によける。
「─…これは失敬。確かに失言でした。お嬢さんを生んでくださったご両親に感謝すべきでしたな」 「そうよ」
はらり。 髪を背に流す。
「それから、」
と、男の手が結ばれた一房に伸びる。
「─…?」
ぱち、と瞬いた瞳を見つめた男は、
「この世にお生まれくださったお嬢さんに、私の前に現れてくださったお嬢さんに、深く感謝致します」
上体を折り、濡れ羽色に口づけた。 目を瞠ったてつこは、数秒後ふいと顔を背けて。
「…わ、わかればいいのよ。─…どういたしまして」
頬を染めて小さく呟いた。
おめでとうとありがとう (君のすべてに感謝を)
2011/01/11 |