novel | ナノ






「…要するに気に入らなかったんですよ」
「な、なにが?」

あたしが?とまたも心配そうな様相を見せたてつこの頬がつねられた。

「いひゃ」
「この期に及んでまだそんなこと言うんですかまったく」

てつこの頬をみょーんと引っ張った龍之介はふん、と鼻を鳴らした。

「……自由時間、増えたでしょう」
「え? あ、ああ…増えたって言ってもほんのちょっとだけど」
「毎日違う男と過ごしてるでしょ」
「──、は!?」

話の流れがおかしくないかとてつこは目を剥いた。

「しかも短くなった勉強時間にその話するし」
「ちょ、ちょっと待って、」
「やれ昨日は給仕が紅茶の淹れ方教えてくれただの、やれ今朝は世話係に腰触られただの、かと思えばそのこと執事長に相談しただの」

言われて『毎日違う男と過ごしてる』が何を意味しているか伝わったが、なんて語弊のある表現だとてつこは狼狽え頬をひくつかせた。

一方龍之介は、話しているうちに、思い出し怒りとでも言うのか、イライラしてきたらしく目が据わってきた。

「龍之す、」
「ぼくは一緒に過ごす時間ガンガン減っていってるのにほかの奴は逆に増えていってるとかそれだけでイラつくってのにあまつさえその話を毎回されてさらにぼくの時間が減るってもう最悪の極みでしょていうかなにその腹立つメビウスの輪しかもそいつらにも自慢げに語られるしそれもやっぱり毎日されててぶん殴りたいの抑えるのどんだけ大変だと思ってんですかストレスたまりまくりですよその分給料上げてほしいくらいですよそりゃ笑顔もなくなるでしょむしろ笑えなんて無理じゃないですか理不尽じゃないですか」

見事なまでに、噛むこともなく一息で言ってのけた龍之介は、ぎろ、とてつこに目を向けた。
びくっとてつこは身を引いた。

「納得しました?」
「え、あ、うん。え?」

初めて見る龍之介の一面に完全に気圧されていたてつこは、長々と語られたわりに内容は単純を極める話であったのに全く要旨を得ていない。
口をへの字にした龍之介は、何か考えを巡らせているらしく片目を閉じた。
と、ぐいとてつこの手を取ると自分の方に引き寄せた。

「きゃ…?」

華奢な体を抱きこんだ龍之介は、てつこの頭にご、と顎を乗せた。

「いたっ」
「嫉妬してたんです。わ か り ま し た か」

ぐりぐりと力をかけると腕の中から悲鳴があがる。

「いたいいたいいたい、いたっ、いたい! わかった! わかったから!」

うー、と先とは違う種類の涙を浮かべたてつこは頭に手をやった。

「あー痛かった」
「なんであんたが言うのよ」
「顎が痛かったから」
「じゃなんでやったのよ!」

睨みつけようと見上げたてつこは、初めて距離の近さと回された腕に思い至り、その顔は一瞬で色を変えた。
思わずその檻から逃げようと身をよじるががっちり抱えこまれて動けなかった。

「なめないでくれます? 足の速さで負けたからってこの状態で力負けするほど落ちぶれてませんよ」

逃亡計画がばれたうえ余計力を込められたてつこはう、と声を漏らして、しかし諦めたらしく、龍之介の胸に身を預けた。
従順になったてつこを見下ろした龍之介は、

「さて。…で?」
「“で?” な、なにが?」
「今日は逃げるんですか?」

勉強するのか、それとも執事長が出張ることになるのか、てつこに問う。
てつこはむっとした。先ほどまで無体を働かれていた頬が膨らむ。

「わかってるくせに…逃げるわけないでしょ」

一拍おいて、てつこは照れたような笑みを浮かべた。

「勉強、教えて」
「そうですか。─…じゃあ早速始めましょうか」

そう応えた龍之介は眉を下げ、口角を緩やかにあげて──笑った。

「ちゃんと理解できたら…撫でてあげますよ」

久方ぶりに笑顔を向けられたてつこは、一瞬息を飲んで、それから見とれたように眩しそうに目を細めた。







(延長だってしちゃいます!)






2010/11/15