novel | ナノ






元気でしたか?

えぇ、ずっとずっと元気だったわ



背、伸びたっスね

そうよ、当たり前じゃない、八年経つのよ



おれ相手に五分持つくらいには強くなりました?

多分ね、もうずっと鍛練は欠かさずしてるもの



髪も切ったんスね

いい加減邪魔、だったから



──本当綺麗になったっスね、てつこちゃん

まぁ、年相応に頑張ったわよ






そう、頑張ったの、あたし

服とか化粧とかいっぱいいっぱい勉強したの

ゆきとかうさみちゃん、それからオリガさんにも、色々教えてもらって努力したの


もしかしたら見てもらえるかもしれないって、思ったから

昔ダメだったのは年齢のせいだって

あたしがちょっとそういう空気を出すだけで、笑って話題を変えて、そうして目を逸らしたのは

年とか立場とかのせいだって思いたかったの

だからきっと今度は大丈夫だって

あたし、いっぱいいっぱい頑張った、の



なのに

また、笑うのね

そんな透明な笑み、あんた以外に見たことないわ

あたしはどう足掻いたってその資格は得られないの?






元気でしたか?

(体は元気だったかもしれないけど、心はそうじゃなかったわ)



背、伸びたっスね

(あなたの目に映りたくて、牛乳たくさん飲んだの)



おれ相手に五分持つくらいには強くなりました?

(あなたに背を預けてほしくて、死ぬ気で稽古した、て知らないでしょう?)



髪も切ったんスね

(…─だって長いままだとあなたの名前、思い出しちゃうんだもの)



──本当綺麗になったっスね、てつこちゃん

(ほかの誰でもない、あなたに、そう言ってもらいたくて、笑ってほしくて毎日頑張ったの)






だけど、浮かべてほしかったのは、そんな笑みじゃないわ

そんな透明な笑み、あんた以外に見たことないわ


あたしはやっぱり、これ以上あんたに近づけないのね


泣いて縋れば、もしかしたら
なんて思わないわ

だって目を逸らして、視界にすら入れてくれないでしょう、あなた、は

この立ち位置が、この距離が、この関係性が
絶対的に正しいのだって、笑うんでしょう

笑って、あたしに言わせてもくれないんでしょう

踏み込ませてくれない、そうでしょう


ずるい、ずるいわ

せめて言わせてくれたなら
せめて言ってくれたなら

そしたら諦められるのに
どうして諦めることさえ許してくれないのよ


気づいているくせに

気づいているくせに、知らないふりをして


ずっとずっとこのまま、なんて、あたし、どうにかなってしまうわ


そんな風に笑わないでよ

何も言えないじゃない何も言えなくなるじゃない

そんな風に笑わないで

あなたに、じゃなきゃ全部全部無意味

意味がないの



──何年経っても変えられないのね







(本当はその手を取りたいけど)
(おれの手は汚れているから)







2010/11/14