家の者がもう寝静まったいるであろう時間に、その家の長男はまだキッチンにいた。 翌日の朝食と、それから妹が学校へ持っていく弁当の仕込みのためである。 美味しいと笑う家族を思い浮かべて丁寧に包丁を滑らせる。
その兄の耳にガチャリという音が届いた。
その方へ顔を向けると、長女が立っていた。
「てつこ?」
普段ならばとうに寝ているはずの妹の姿に、兄は思わず手を止めて声をかけた。 しかし、妹は目を伏せたまま黙っている。微動だにしない。 そのてつこの手は未だドアノブにかかっていて──、やけに白い。きつく握っているようだ。 そこに目をやった兄は、ああ、と思い当たった。 壁にかけられたカレンダーの日取りは、そう。
「てつこ、おまえ眠れないのか」
ぴくん、と細い肩が微かに跳ねた。 兄はエプロンを脱いで、妹に近づいた。
「そうだね、てつこ。…今日はあの日だったからなぁ」
困ったように眉を下げて笑う兄の前で、妹はようやく顔を上げた。
「……あにき、」
掠れた声が、兄を求めた。
「…うん…うん、」
ふわりと腕の中に華奢な体を収めた兄は、さらさらとした髪に顔をうずめてから静かに言った。
「今夜は、一緒に寝ようなてつこ」
2010/09/11 |