居候のご身分でよくも、と階段を上る。
あのばか寝すぎよ。声かけて起きなかったら顔面に一発くれてやろう。
一応ノックをするも返答はない。 ドアを開けて、一瞬躊躇して、紳士的というよりいっそ恥ずかしい室内に足を踏み入れた。 入り口から離れたところにあるこれまた恥ずかしいベッド──あたしだったら絶対寝たくない──に近づくと、目を覆うように顔に右腕を置いて、規則正しい寝息を立てている。
爆睡にもほどがある、と思ったところでその右腕に違和感を感じた。
首を傾げて3秒、ああ剥き出しだからか、と気づいた。 家のなかでもスーツのこいつもさすがに寝るときはTシャツとか着るのね──
「ん…」 「あ、起きた?」
身動ぎして右腕が落ち、瞼が震えてアイスブルーがぼんやりとあたしを捉えた。 シーツがずれて、胸元が覗く…………覗く?
「…ちょっ! ああああんた! なっなんで服着てないのよ!?」
髪がほつれて頬にかかる紳士はまだ覚醒していないらしくゆるゆるとまばたきする。
「…おや…お嬢さん…」
寝起きでかすれた声があたしを呼んだかと思うと、
「っああもう! 起きたならさっさとベッドから出て! あたし下降り──!?」
ぐんっと腕を引っ張られた。
回る視界。ドサッなんて音と衝撃。やけに温かいものに包まれて、目の前は肌色。
「?」 「今日も麗しいですな…」
状況が掴めないあたしの耳元で、声。かかる息。
「──!?」
抱きしめられている、とすごい勢いで理解した。 腰に回った腕がより強くあたしを引き寄せる。頭を撫でられてうなじに触れられて、そのまま胸に押しつけられた。 直に触れて伝わる。 高めの体温、脈打つ鼓動、微かな汗の香り、生温かい呼気、硬い筋肉、視界を埋めつくす肌色、肌色、肌色。
プツリ。
何かが切れた。
「お嬢さ」 「──っいやァあぁああありりえんたーっるーッ!! あにっあにきぃいいい!! とーさんかあさんんんん!! ごーむーぞーッッ!!!」
日野家どころか庭先町全体にまで響き渡った涙混じりの悲鳴に、やべあの人朝はバカ度増すんだった、と上司の寝起きの悪さを失念していた部下が長女の身を案じて階段を駆け上ってくるのは10秒後である。
2010/08/08 |