「へ、きゃ…!?」
机の脚に躓いたマリの体が傾ぐ。反射的に立ち上がった私の目の前で、マリはふわりと抱きとめられた。瞬間、教室に響く女の子達の悲鳴(きっとほとんどが羨ましさからきてるものね)。
「わっ、わっ、あああありがと!」
真っ赤になってどもって、でも幸せー! って顔をしたマリ。に、微笑むのは。
「いや、君が無事で良かったよ」
また悲鳴。今度はマリも叫んでる。…ご立派な王子様ぶりですこと。
──最近気づいたことがある。
甲本ショウは女の子に優しい。
なんで“女の子に”かって言うと、男の子にはそうでもないから。かといって冷たいというわけでもないけれど。うーん、なんて言ったらいいのかしら。一番近い表現は…ぞんざい?…うん、ぞんざい、かしら。
「うわっ、オレ次の算数当たるんだった! 宿題やってねえ〜!」
視界の隅で、ユウマくんが頭を抱えている。やべー! と叫んだあとに、彼が駆け寄った先は、一番後ろ、窓側から二番目の席。
「なぁショウ! 見せてくれ!」
両手を合わせる姿は、なんていうか、すごく必死。でもショウくんは、
「断る。やってないユウマが悪いんだろ」
──にべもない。肩を竦めてさっさと本(これまた怪しげな装丁)を取り出して読書開始。ショウー! 頼むよー! なんて悲鳴なんかどこ吹く風。ていうかまるで聞こえてないみたい。
…やっぱり男子相手だとぞんざいだわ。
「…うぅ〜薄情なヤツ〜。─…こうなったらレイコ! おまえしかいねぇ! 頼む! 女神様レイコ様!」
まぁ今回はユウマくんが悪い、わね。自業自得。同情の余地なし。
「ダメ。宿題は自分ですべきものよ」 「レイコーッ!!」
……な、なにも泣くことはないんじゃないかしら…。はぁ、もう、しょうがないわね。
「今からでもなんとかなるわよ。あと30分はあるんだから自分でやりなさい。─…分からないところがあれば教えてあげるから」 「──レイコォぉおお!!」
だから泣くことないでしょ。やっぱサイコーだよおまえじゃないわよ。耳元で叫ばないで。ていうか時間がもったいないから早くやりなさい。お昼休みはあっという間に終わっちゃうのよ。
ため息をついて、ユウマくんの隣に自分の椅子を移動させた。すでに詰まっているユウマくんに呆れながら(昨日やったところなのに。一体何を聞いていたのかしら)、教科書を開こうとしたとき不意に視線を感じた。振り向くと、ショウくんがこっちを見ていた。本を閉じて、机に頬杖をついて──クス、と笑われた。
何に対して笑っているのかしらと思っていたら、声を出さずに口の形だけで何か言われた。なに?…あ、ま、い、ん、だ、よ? …「甘いんだよ」?
はぁ? 意味がわからない。眉を寄せて視線だけで問いかけると、今度は区切らずに一気に口が動いた。けど、何を言われたのかすぐに分かった、「やれやれ。これだからレイコは」
ぴし、と青筋が浮かんだのを自覚した。私が礼儀正しい女の子じゃなかったら正拳突きの一発も出たでしょうね。ひく、と顔を強張らせた私の前で、また肩を竦めて本を開いて再び読書タイム。有意義な昼休みの過ごし方ね!
立ち上がって席までつかつか歩み寄って机をバンと叩いてやってついでに本をバシリと閉じて文句を並べ立ててやろうと思ったけど。─…ユウマくんの涙まじりの救助要請が聞こえたからやめた。
放課後、廊下の窓辺で風に当たっていた。
ユウマくんは5校時をなんとか乗り越えることができて、授業中に小声でありがとな、と言ってきた(そのせいで、おしゃべりしない! と怒られていたのはさすがユウマくんってところかな)。
騒がしい問題児だけど、ちゃんと説明すれば理解した。存外飲み込みは早いのね。うんうん唸りながらも絶対投げ出さなかったユウマくんを思い出して満足げな笑みが浮かんだ。教えた甲斐があったってもの。
ふわりと頬を撫でる風に、もう一度ふふっと笑い声が漏れた。
「一人でニヤニヤしてどうしたんだい」
──出たわね、怪談オタク。
「ニヤニヤなんてしてないわ」 「ふぅん? ずいぶん間抜けな顔だったけど」
ああもう。せっかく気持ち良く風に当たっていたのに。なんだってこう刺々しく当たられなきゃならないのかしら。機嫌は下降、体温は上昇。ショウくんは私を怒らせたいのかしら? ううん、怒らせたいのに違いないわ。
「その失礼な口を縫い止めてあげたいわ」 「僕はその恐ろしいことを平気で言う口を塞ぎたいかな」 「いちいち減らず口を叩くのね」 「あ、いいね、その切り返し」
にこにこと──ううん、これこそニヤニヤね──笑われて、思った。最近気づいたことがある、と。
最近気づいたこと。
それは、甲本ショウは女の子に優しいということ。それから、男の子はぞんざいに扱うということ。
──それからそれらを踏まえてもうひとつ。
あんこに言ったら「そんなことないと思うけど。レイコの気のせいじゃない? うん、きっとそうだよ」だなんて笑われたけれど。それこそあんこの気のせいだわ。だって見てよこの意地の悪い顔。
──最近気づいたこと、は、甲本ショウは私を男の子扱いしているってこと。
だって女の子には優しい、でも男の子には冷たい。
なら私へのこの対応は一体なんなのかしらって話。どうして私にはこんなにも上から目線で小馬鹿にしてかかるのよ。そうでしょあんこ。やっぱりショウくんは私のこと女の子だと思ってないでしょ。
未だ薄笑いを浮かべる顔が憎たらしい。整っているのは認めるけど、かっこいいかは別。騒ぐクラスの女の子たちが分からない。ほかのクラスの子ならともかく、マリたちは私や男の子たちへのショウくんの鬼畜っぷりを見てるはずなのに。恋は盲目ってこと? ああ馬鹿馬鹿しい。
「あれどうしたの。もしかしてとうとう言葉まで忘れちゃったの? 可哀想に」 「おあいにくさま。私の言語能力は健在よ。完璧なままね」
何かを忘れるとしたら目の前の存在を記憶から消してやりたいわ、なんて言わない。どんな冷たい言葉が返ってくるかわかりゃしない。
「完璧、ねぇ?」
ああそこに食いつくの。君のどこに完璧なんて要素があるんだろうとか言い出しそうだわ腹立つわね!
「…ショウくんて本当私のこと男の子と一緒にするわよね…!」 「え?」
正面から睨みながら言うと、ショウくんはきょとんとした。ショウくんがこんな子どもみたいな顔するなんて、とか今の私にはわりとどうでもいいこと。
「私が女の子に見えないなんて本の読みすぎで視力落ちたんじゃなくて?」 「…ごめん、待って。話が見えない」
首を傾げて、私に向けられたにしては珍しく嫌味も呆れも含みもない台詞に、一旦口を閉じた。すると、ショウくんも黙って見つめてくる。…説明しろってことね。
「だからショウくんは…」
と、説明を始めて30秒も経たないうちに、ショウくんが笑い出した。遠慮なく肩を震わせて、それどころか若干涙まで滲ませて。…なにかしらこの状況。私、怒っていいかしら。
「あーうん、なるほどね。レイコの言い分は分かったよ」 「…当たってるでしょ」
観察力には自信あるんだから、と腕を組むと、くっくっと笑いながら涙を拭う。
「女の子には優しい、は合ってるね。ほら僕紳士だし。男には冷たい、てのも、まぁ当たってるよ。男はほっといても大丈夫な生き物さ」 「……本当の紳士は男にも礼儀正しいんじゃないかしら…」
私の疑問とも言える反論を華麗に無視したイギリス帰りの似非紳士。
「でも僕がレイコを男扱いしてるっていうのは間違ってるかな」 「そうかしら。私にはすごく冷たいじゃない」 「気のせいだよ。だって僕はレイコに優しいだろう? こんなにも、さ」
ね? と信じられないくらい綺麗な笑顔で言われた。──胡散臭いにもほどがある。
「ど・こ・が! 優しいのよ!」 「例えばこうして構ってあげてるとことか」 「─…っ!! な、なにが“あげてる”よ! その上目線がもう優しくないじゃない!」
思わず掴みかかって、ハッとして慌てて離した。ら、その手を取られた。
「やっぱりレイコはレイコだなぁ」 「は…?」
意味が分からない。戸惑いながらショウくんを見ると、
「──レイコ、僕は君をちゃんと女の子だと思ってるよ。ただ、」 「? ただ?」 「…ただ、すごく面白いって思ってるだけ」 「は…!?」
また、綺麗な笑顔。きっとマリが見たら飛び上がって喜ぶわね。それどころか気絶するかもしれない。でも私は心底カチンときた。間違いなくけんか売ってるでしょ、これ。
「だってレイコってば反応が他の女の子と全然違うんだもの」 「それはあなたが私にだけ、」 「うん、そう。だからつい君にだけ文句とか言っちゃうんだよね。特別扱いってやつ?」
そんな“特別”いらない…! 熨斗付けてくれてやるわ! あんこでもマリでもいいから受け取ってほしい。なんならジュースもお菓子も付けるから。
「馬鹿にするのも大概にしなさいよ…?」
ふるふると体が震えるのが分かる。体どころか唇まで。全力で睨みつけてるから多分睫毛も震えてるわね。全身震える中で、唯一震えてないのは、右手。だってまだショウくんが掴んでるから。全然動かせない。
「そんなに震えなくても。…ああもう本当かわいいなぁ」 「こんなふざけた褒め言葉は初めてもらったわ」 「ふざけてなんかないさ」
心外だと言うようにまばたきされて、それにまた一段と怒りのボルテージが上がった。と、きゅ、と右手を改めて握り込まれた。
「僕さ、レイコの反応大好きなんだ」 「……」
反論するのももう面倒になって口を閉じた。それになにを思ったか、ショウくんは笑った。嬉しそう。ふふっ、なんて笑うショウくんの前で、私はいよいよイライラしていた。細くなった目がもう本当癇に障る。なんでうっとりしてるのよ。
「でも反応よりも、レイコの怒った顔が好きなんだ」 「…っ!?」
予想外の台詞に思わず息を飲んだ。全然意味が分からない。本当わかんない。ショウくんってやっぱり謎すぎる。
大きく目を見開いた私の前で相変わらず恍惚としたショウくんは、もう一度ふふっと笑った。それに今度は胸がどきりとした、のは絶対気のせい。頬が熱いのも絶対失礼なショウくんに怒ってるせいだわ。
「ね、レイコ。もう一回言うけど」
手を振りほどこうとしていたのに、楽しそうに言われてなぜか動きを止めてしまった。声が出ない。
「僕は君を、女の子だと思ってるよ。…誰よりもね」
固まった私にそう言って。にこりと笑って。優雅にゆっくり上半身を折ったショウくんは。握ったままだった私の右手、の甲に──静かに唇を押し当てた。
想定外の行動の直後、校舎全体に響き渡った悲鳴にすら気持ち良さそうに満足げな笑みを浮かべた甲本ショウに、私佐久間レイコは“変態”のレッテルを張りつけた。
査定、評定、決定 (あなたを正式に敵と認めるわ!)
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クラ様ー!こんなんですみませんー!
拙宅のショウくんは変態というかレイコちゃんに異様にちょっかいを出します。いじめて遊んでます。愛ゆえに
うちのショウレイはショウ→→→←レイです。ショウくんはレイコちゃん可愛いと思ってるけど、レイコちゃんはショウくんを敵視してればいいです。勉強とか運動とかで張り合えばいい
ショウくん的にはそんなとこがまた可愛い。お互いの認識・評価が真逆という
えと、非常にあれなショウレイで、しかも予想外に長くなってしまって…もう本当すみません!か、書き直しオッケーですので、気に入らない場合はぜひおっしゃってくださいませ!
相互リンク、本当にありがとうございました!
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