*手を離して
「怖くなんてないんだから!」 「別に何も言ってないだろう?」
呆れたようにため息を吐く彼は私の半歩前を歩いている──私の、手を取って。
ああもうどうして忘れたりしたのかしら!
家に帰ってさぁ宿題をしましょうと思ったら肝心の教科書がない。ついでに言えばノートもない。宿題は算数。教科書72ページの問1から10まで。教科書がなきゃできない。
渋々学校に戻ったら、もう外は暗くて、当然校舎の中も真っ暗で。ああどうしようと昇降口で躊躇していたら、バッタリ出会った。あれ、どうしたのと。
「…忘れ物? あ、もしかして今日の宿題?」
なんで分かったのかしらと思ったら。実は僕もなんだと肩を竦められた。そうして、改めて私を見て、
「君のも取ってこようか?」
瞬間的に断っていた。何も叫ばなくてもと顔をしかめられた。
でも叫ばずにいられる? だって馬鹿にされたみたいじゃない。暗に怖いんだろと言われたようなもの。プライドが許さない。それに、私の教科書とノートも取るってことは、それは私の机の中を覗くってことでしょう?──冗談じゃないわ。プライバシーの侵害よ!
そして今目の前には暗い廊下をのんびりと歩く彼の背中。いいと言ったのに、まぁまぁなんて言って私の手を取った彼はどこまでもマイペース。なんでこんなに余裕なのかしら。いっそ意味不明だわ。なんだったら鼻歌でも聞こえてきそう。
「─…あ、ねぇ」 「怪談なら聞かないわよ」 「……」
あーそうですかと小さく聞こえたけど無視。彼の左手にある、職員室に残っていた先生から借りた6年2組の教室の鍵を見て、早く着かないかなと思った。そのとき微かに物音がして、ひゅっと息を飲んだ。反射的に私の手を包んでいた彼の手をギュッと握る。ハッとして力を抜いたけれど、遅かったみたい。チラ、と一瞬こっちを振り返って、また前を向いた。
「っこっ怖くなんかっ!」 「はいはい、怖くなんてないんだろう?」
宥めるように言われて、手を柔らかく繋ぎ直された。…馬鹿に、されてるのかしら。
「──まぁほら、さ。安心してよ」 「…?」 「僕がいるから、さ」 「──っ!!」
クスクスと笑う声に体温が上がるのを感じた。
(怒りと恥ずかしさとそれから、) (手を離して、そう言えない、そうできない自分が悔しい)
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ショウくんは押せ押せ レイコちゃんぎゃあぎゃあ言いつつ押しきられるよ
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