ぼろぼろになった小さな車が、森の道をのろのろと走っていました。 「──ねぇ、師匠?」 ハンドルを握る、背の低いハンサムな男が言いました。 「何ですか。」 助手席に座っている、黒髪の女性がそれに答えました。 「俺らふたりで旅に出て、結構経ちましたけど。まだまだ旅を続けるつもりですか?」 「ええ。」 女性は答え、それから 「私は、ですが。」 と言いました。男はちらっと女性を見ます。 「俺ですか? そうですね、師匠が続けるならついていきますけど。」 「止めたいなら、」 女性は無表情で続けます。 「止めても構いませんよ。」 「師匠は止めないでしょ?」 「ええ。」 「俺を置いて、師匠はこの車でまた旅を続ける。俺には何も残らない。」 「分け前をくれと?」 「違いますよ、そう言いたいんじゃありません。」 男は笑って言います。 「──俺には思い出しか残らない。師匠との旅がただの記憶にしかならないなんて、俺には苦痛でしかないんですから。」 「なるほど。」 女性は短く答えます。 「だから、師匠が旅を続けるなら、俺はついていきます。」 「よく分かりました。稼ぎが減らないようで安心しました。」 「……さいで。」
しばらく森の中を走り続けて、またふいに男が言いました。 「師匠は、定住するつもりはあるんですか?」 女性はそれに対して、少し考えた後、 「さぁ。」 と、答えました。 「と、言うと?」 「あるのかもしれませんし、無いのかもしれません。今まで『定住』という考えが全く無かったもので。」 「師匠らしいですね。」 「そうですか?」 「そうですよ。」 男は笑います。 「まぁ、俺も似たようなもんですけどね。定住する気があるのか無いのか、さっぱり分かりません。」 「……あなたらしいですね。」 「そう思います?」 「ええ。」 女性はしばらく黙って、それから言いました。 「あなたは先ほど、私が旅を続けるなら、ついていくと言いましたね。」 「え? あぁ、はい。」 「私が旅を止めたら、あなたは?」 「師匠が旅を止めたら。」 男は首を傾げます。 「……考えてませんでした。続ける続けないばっかで、その先は全く。」 「……あなたらしいと思います。」 「そうですか?」 男はそう言った後、 「ん〜……やっぱりその場所に定住、かなぁ。」 「どうして?旅を続けないんですか?」 「いやぁ、だって。」 男は当たり前のように言います。 「師匠がいない旅なんて、寂しすぎるじゃないですか。」 「……………。」 「師匠ー?」 女性が急に黙り込んだので、男は女性を呼びました。 「……何でも、ありません。」 「?…そうですか。」 女性はその後、何かを考えているようでした。
「──お、もうそろそろですね。」 遠くに城壁が見えた時、男が言いました。女性はええ、と答えた後、しばらく黙って、それから 「……いつか、ずっと先だとは思いますが。」 と、淡々と言いました。 「何ですか?」 何の話か分からないまま、男は答えます。 「いつか、ずっと先だとは思いますが。……どこかに定住しようと思った時──その時、」 女性は一度言葉を切って、それから続けます。 「あなたが今のように一緒にいるなら、幸せだと思います。」 男はそれに目を見開いて、けれどもすぐに微笑みました。 「──そう、ですね。」 遠くの城壁に目を戻し、男は言いました。 「本当に、俺もそう思いますよ。」
END
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