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3月18日 某時刻 某所

「いやぁ……今回も行き詰まってるなぁ、捜査」


溜め息混じりに、弁護士・王泥喜法介は呟いた。


「ジュース飲みながら言っても説得力無いです、オドロキさん」


隣で王泥喜と同じくジュースを飲みながら歩いているのは、王泥喜が所属する事務所の所長、成歩堂みぬきである。


「ちょっとした休憩だって」
「あ、パパに相談してみますかー?…あ。今日はダメなんだっけ」
「え?何が?」
「何か、今日は忙しいんですって。事務所には夕方まで余り出入りしないでほしいって言ってました」
「成歩堂さんがぁ?忙しい?」


王泥喜は大袈裟に驚いてみせる。


「あ!オドロキさん酷いです!パパだって、司法試験もう一回受けるからって準備だとか忙しいんですよ!」
「ふぅん……(成歩堂さん、適当に鉛筆転がせば受かるって言ってたけどなぁ)」
「今日だって本当は大切な日なのに─……あれ?」


みぬきはふいに前方に目を向ける。


「どうしたの」


王泥喜もつられてそこを見ると、歩道に二人の女性が佇んでいた。


「んー…、一番にお祝いしようと思ったのにー。先越されちゃった?」
「残念ですわね……どうしましょう?」
「ねー……、─ん?あ。ねぇねぇあれ、みぬきちゃんじゃない?!」
「まぁ……本当ですわ」


二人の女性はこちらに向かって手を振る。
それに対して、みぬきも嬉しそうにぶんぶんと手を振った。


「誰なんだ、あれ」
「え?あ、オドロキさん知らないんだっけ。パパのお友達なんです」
「成歩堂さんの?」
「そう。─真宵さーん、春美さーん!!」





††††††





同日 同時刻 成歩堂なんでも事務所

ドアノブに手を掛けると、カチャリとドアが開く。

相変わらず不用心な事務所だ、と彼女は思う。

昔からそうだ─、主ともども、不用心で隙がありすぎる。

お人好しなのだ、あの男が。

そうして何もかも受け入れて、持ちきれなくなって、失って。

だから彼女は、あの男が嫌いだ。


「……」


中に入ると、以前とは随分様子が違っていた。

ピアノの上に乱雑に置かれているそれは─マジシャンであるあの娘の持ち物だろうか。

しかし、そういう物たちから離れて置いてある観葉植物には見覚えがある。

あの男の師匠に当たる女性が可愛がっていたものらしい。

確か名前がついていた。

何だっただろう、確か男性名であったと思うのだが──、


「だーれだ」
「……っ」


ふいに、視界が真っ暗になった。

一拍置いて、両目を手で塞がれていることに気づく。

彼女は息を吐いて──、不敵に笑った。


「馬鹿は馬鹿ゆえに馬鹿馬鹿しい事をするのね。……成歩堂龍一」


耳元でくすりと笑う声が聞こえ、視界がゆっくりと開けた。


「当たり」


そう言って彼─成歩堂龍一は、彼女の肩に顎を乗せる。


「7年ぶりだね、冥ちゃん」
「……えぇ」


そう言って彼女─狩魔冥は、目の前の観葉植物をただ見つめる。

─…あぁそうだ。
確かこの男はこれを、チャーリー、と呼んでいたっけ。

思い出すのと、成歩堂が冥の顎に手を添えるのと、どちらが早かっただろう。

気付いた時には、黒目がちな瞳が眼前にあって。

7年ぶりに、唇に懐かしい感触があった。


「……っふ、」


舌をどちらともなく絡ませて。


「…髪、伸びたね」


長く口づけた後、息のかかる距離でそう言われた。


「それに、大人っぽくなった」
「……貴方は、雰囲気以外はあまり変わってないようね」
「…よく言われますよ」


含み笑いをして、成歩堂は言った。


「それに。あれから7年よ。誰だって変わるわ」
「そうかなぁ。真宵ちゃんもあやめさんも霧緒さんもマコちゃんも、あまり変わってはいないよ」


劇的に変わったのは春美ちゃんかなぁ。もう16歳だしね。


そう言う成歩堂の頬をギュッとつねってやった。

そこで何故女の名前ばかりを出す。わざとか。


「…いひゃい」
「貴様が悪い」
「…すいません」


冥がつねるのを止めてやると、成歩堂はくすくすと笑う。

笑いながら、冥の随分伸びた髪を掬って、そっと口づけた。


「綺麗になったね。凄く」
「………」
「あれ?鞭でぶたれるかと思ったんだけど」
「貴様がそんな近くにいるせいで鞭を振るえないのよ」
「そうか。じゃ、ずっとこうしてよう」
「離れなさい、今すぐ」
「えー」
「えーじゃない!」


久しぶりに会ったのに酷いなぁ。

ぶつくさ言いながら渋々冥から離れる成歩堂。

そんな彼を、冥は頭から先までじっと眺める。

─あぁそうか。


「あのトンガりが見えないから、こんなに違和感があるのね」
「ん?あぁ、これね」


成歩堂が被っていたニット帽を取ると、彼の最大の特徴である尖った髪の毛が姿を現した。


「えぇ。やっぱりそれがいい」
「照れるなぁ」
「…おかげで、ぶちやすくなったわ」
「え」


ビシィッ!


「おっと」


7年ぶりに振るわれた鞭を、成歩堂はヒョイと避けた。


「……やるわね」


成歩堂が避けたせいで、ソファについた傷を憎らしげに見つめ、冥は言った。


「何だかんだでこの7年、色々あったからねぇ」
「…色々、」


うん色々、と成歩堂は言った。

その"色々"を、冥は知らないし、知るつもりもないが。

それが成歩堂の心の傷を少しえぐったのかもしれない、と思うと。

何だか無性に悲しくなって。


「冥ちゃん?」
「…っ?!な、何よ…」
「…頼むから、僕の為に悲しまないで」


ね?と言う成歩堂の笑顔は、悲しさなんて微塵も感じない暖かなもので。


「僕、今日は冥ちゃんが来てくれるんじゃないかなって、待ってたんだよ」
「……」
「ありがとう。今日は人生で二回目の素敵な─」
「異議あり」
「え?」
「まだ、言ってないわ」


冥はつかつかと歩み寄って、成歩堂の耳元に唇を寄せて囁いた。


「─Happy Birthday、成歩堂…龍一」





††††††





同日 同時刻 成歩堂なんでも事務所前

「へぇ……じゃあ成歩堂さんが新人の頃から?」
「そうそう!あたしが所長だったんだよ!ね、春美ちゃん」
「そうなんですか…(女の子が所長になる決まりなのか?この事務所は…)」


綾里真宵、春美とそれぞれ名乗った二人と、王泥喜達は事務所に向かっていた。


「今日は大切な日でしたから、真宵様となるほどくんのお祝いに来ましたの」
「お祝い?」
「あれ?行ってませんでした?パパ、今日誕生日なんですよ」
「そうなの?!」
「なるほどくんもそろそろオジサンだね!って言おうと思ってたんだけどねー」


真宵は長い黒髪をいじりながら言う。


「一番に事務所入ってやろうとしたら、先越されちゃって」
「?どういう…」


事ですか、と王泥喜が続けようとした時、事務所へ続く階段から駆け下りるような足音が聞こえた。


「馬鹿は馬鹿ゆえに馬鹿らしい事を馬鹿馬鹿しく、あぁもう!帰るって言ってるじゃない!」
「そんな、7年ぶりなんだから。どこか行こうって─…」


ビシィッ!


「おぉっと。でも冥ちゃんわざわざ僕に会いに来てくれたんだろ」
「い、異議あり!だから私は気まぐれに来ただけで─……あ」


成歩堂と共に下りてきた女性は、突っ立っている王泥喜達に気付き、途端に真っ赤になった。


「やぁオドロキくん。ごめんね、今取り込み中なんだ。ねぇ冥ちゃん」
「だっ、だから異議あり!というかついてこないで!」
「異議があるなら止まって言ってよ。アレ、もしかして照れてる?」
「異議ありっ!貴様は何故そういう憶測でものを言うの?!」
「うわ、7年ぶりの恋人にそんな事言うの。じゃあ照れてないって証拠を見せて─…」


喚きながら走り去っていった二人を、王泥喜はただポカンと見つめていた。


「うわー、相変わらず素直じゃないねぇ狩魔検事」
「なるほどくん、どこまで行くんでしょう…」
「パパ、夜には帰ってきますかねぇ、…どうしました、オドロキさん??」
「…何なん、だ、あれ…」


狩魔冥と成歩堂龍一の攻防には慣れっこだった真宵、春美と、基本的に何にも動じないみぬきとに挟まれ。

常識人・王泥喜法介は尊敬する成歩堂の走り去った方向をただ見つめていた。





END.


2010/04/10