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あてがわれている天幕に一歩入って、半蔵は絶句した。

己のものであるはずの寝台に寝転び寛ぎきって、

「おかえり〜」

にゃはっ、と特有の笑い声を上げて寝転んだまま手をひらひらと振る見慣れた女。

「──失せよ」
「あん! 釣れにゃいっ」

冷たく言い放ってもまるで効かない。くのいちの表情は、ひどい、と身を捩るわりに実に楽しげだ。
半蔵はあからさまに眉をひそめる。
それに気づいているはずなのにくのいちの笑みは消えない──どころかますます深くなった(ように思えた)。

「…………殺」

イラッときた半蔵はいっそ獲物を構えてやろうかと思ったが、それはそれで間違いなく目の前の女を喜ばせるので毒づくに留めた。第一自室である天幕で戦闘行為は控えたい。

「え? 殺したいほどくのいち様が来たのが嬉しいって?」

言ってねえよこのやろう。
と半蔵が思ったかどうかは定かではないが、半蔵はさらに渋面になった。
うつ伏せに体勢を変えて、足を揺らめかせるくのいちの瞳はきらきらと輝いている。半蔵が思い通りの反応を返すのが楽しいのだろう。
それに気づいた半蔵は軽く頭を振った。たかだか下忍に伊賀忍軍頭領がこれ以上踊らされて堪るか。鬼の半蔵の名が泣く。

「…………何用だ」

常のように短く問えば、見下ろした大きな瞳がくるんと動く。

「べっつに〜?」
「なら帰れ」
「い・や」

ヒュッと音速で拳を下ろすと寝台の上で反転してよけられる。すばしっこさは健在だ。

「相変わらず旦那の愛情表現は過ー激ぃ!」
「滅!」
「いやん」

手刀も軽く躱されて、半蔵はため息をついた。
強さは紛れもなく本物なのに、なんだってこの女はこうも軽いのだろう。

「にゃはは! 落ち着きなってほら! はい! 座ってっ」
「……否」
「いーから!」

寝台をペシペシと叩かれて、再びため息が出た──そもそもその寝台は自分のものであるはずなのだが。
黙って見下ろしていると、足をばたつかせ始めた。

「は〜や〜くぅ」

──どうやら半蔵に選択権はないらしい。諦めた半蔵は三度目のため息と共に腰を降ろした。

「とうっ」

─…いやなんでだよ。
座った瞬間、大腿にくのいちが上半身を乗せてきたのだ。そのまま腰に両の腕が回り、半蔵の腹部に顔がうずまる。
当然半蔵がされるままになっているはずもなく、引き剥がそうと動く。しかしくのいちは離れようとしない。

「…むぅ」

不機嫌な声を出されて、半蔵は渋々抵抗をやめた。もちろん本気を出せば簡単に引き離せるのだが、くのいちの様子がいつもと違って見えた半蔵はこの状況を甘受するしかなかった。
抱きつかれているので、半蔵からはくのいちの顔が見えない。
どんな表情をしているのか気にはなるが、くのいちが何を思ってこのような行動に出たのか皆目見当がつかない今、下手に動くのは戸惑われた。

しばらく黙って出方を窺ってみるも、くのいちに動きはない。
一度目を閉じた半蔵は、肩の力を抜いてくのいちの頭に手をやった。くのいちが自分にこうされるのを気に入っていると半蔵は知っている(なぜか癪に障るので滅多にしないが)。
案の定、くのいちが身じろぎした。

「…………どうした」

尋ねる声はいつも通り低く、いつもより優しい。

「……別にぃ」

促すように髪を撫でると、抱きつく力が少し強くなった。

「別にただ─…ただ、何してるかなぁって思って」

呟やかれた言葉に、半蔵の目が細められた。

「ずっと、会ってないなぁって」

最後に会った日を思い起こして計算すれば、一月ぶりに会ったことになるか。

くのいちの声に耳を傾ける半蔵の手は、くのいちの髪を撫で続けていた。

「─…戦国の世と比ぶれば、そうでもなかろう…」

元の世界にいた頃は何ヶ月も会えないのが普通だった。

そーだけど、と言いながらくのいちはようやっと半蔵へ顔を向けた。

「前はおんなじ呉軍にいたからさぁ…毎日アンタの顔見てたじゃん?」

じっと見つめられて、半蔵はふっと笑った。

「なに?」
「……寂しいのか」

笑われたのが不満なのか言われた台詞が気に入らないのか、頬を膨らませて睨んでくる。

「魏に属したを悔いたか?」
「まさか。色んなとこで色んな情報を集めるのが幸村様のためになるんだから」
「…承知」

そう、知っている。
女はそう言って男に笑い、呉を去ったのだから。

「─…ならば斯様な顔をするな」

ふわりと軽い体を抱き上げて、膝に抱える。
今まで見下ろしていた顔を今度は見上げて、頬に手を伸ばす。

「…はんぞーは、なんとも思わないの」

こつんと額をぶつけて、拗ねるかのような声音。
半蔵は間近にあるくのいちをさらに引き寄せて耳元で囁いた。

「お前が、会いに来てくれるからな」

うっすらと染まった頬を再度撫でた。
普段自分を振り回す相手から一本取れたことに満足げに笑う。

「っ…ふんっだ! 自惚れないでくれる?」

睨みながら束ねられた半蔵の髪を思い切り引っ張ったくのいちは、口布ごと半蔵に口づけた。
一瞬の後くのいちは半蔵から跳びすさって一度舌を出すと、いつもの笑い声と共に、

「ばいばーい」

瞬く間に姿を消した。
結局上手を行かれて息を飲んだ半蔵は、どの道自分はあの女には適わないのだと悟った──しかしまたそれが決して不快ではなく。

離れた地にいて、本来は敵対関係にあり、それ以前にそもそも何から何まで正反対な二人。
けれども、いとも簡単に何もかもを飛び越えてくる身軽な女。

「…………狐め」

半蔵はくっと喉の奥で笑った。







(今度はこちらから会いに行ってみようか)






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企画参加感謝です!勝手に再臨設定な二人にしてしまいました

くのいちは幸村のためにあちこちにいるんだと思います。偉い!あ、ずっと家康と一緒にいる半蔵も半蔵で偉いと思ってますよ

でも半蔵も魏に行けばいいのに…くのいちと一緒にお仕事すればいーじゃん


久々に半くの書けて楽しかったです

ケンカップルで年の差カップルで結局ラブラブな半くのは大変おいしく頂けます



2009/11/07