※犬のスカ要素アリ
「ねえ、貴方のその四肢って必要?」
全く必要性の感じられない無駄な手足を見下げて言う。
憂鬱な気分を晴らすように、足の爪先で、くい、と彼の顎先を上げてやれば、安っぽい涙を目尻に溜めて、許しをねだるようなクソみたいな目と視線がかち合った。
はん、と鼻で笑って、男に続きを催促する。
飼い犬の粗相により誤って汚してしまった足の掃除を、この目の前の薄汚い男の舌先に任せて早数十分。未だにこの男、片足の一本も満足に綺麗に出来ずにいる。ああ、不出来な男。
苛立ちを誤魔化すようにして爪をかじる。痛い。ついつい深くかじってしまった。中指の先から滲み出た血が、じわりとした鈍い痛みが、全て目の前の男への苛立ちへと変わっていく。この痛みも、この不快な気分も、全て、全て、こいつの。
衝動的に真横の机に置いてあったワイン瓶を私の真下にかしづく男の頭へと投げつける。さらに腹立たしいことに、このクソ男は少し肩をびくつかせただけで、軽々とそれを避けやがった。
咎めるように男を睨み付ければ、途端に男の顔が青ざめる。
「あ、ああ、ごめんよ。ごめんよ。カイリ、そんなつもりじゃっ」
反射的に避けたとでも言うのだろう。だから何? ああ、ムカツク。怒りのままに髪を掴み上げて上を向かせてやる。一丁前に呻きを上げるのが生意気だ。
「スプレンディド」
感情の無い冷ややかな声で男の名を呼んでやれば、臆したようにその双眸か揺れた。つくづく、燗に障る奴。
私よりずっと力がある癖に。その気になれば、簡単に私を屠ってしまえる癖に。私の挙動に一々情けなくびくついて。
力任せに掴んだ髪を引っ張る。ぶちぶちという音と共に微かな悲鳴が上がった。
はらはらと床に落ちる髪を見送りながら、力なく首部を垂れるしかない男を見つめる。
...ほんっと馬鹿みたい。
「ねえ、スプレンディド。自慰してみせて?」
言い聞かせるように静かに言い放つ。
もちろん、私の足を綺麗にするのと同時進行で、だ。果たして彼は犬の糞を舐めとりながら、勃起することが出来るのだろうか?
瞠目したように目を見開いたスプレンディドの顔が、みるみるうちに真っ赤に染まる。かと思えば、途端に今度は青に変わった。
「カイリ、そ、それは...」
「それはなあに?私の言うことが聞けない?」
眉をハの字に曲げ、困ったように溜め息をついて、それからその綺麗な青い髪の生え際を、優しく、そっと撫でてやる。母性愛に満ちた、そう聖女、マザー・テレサのように。
「聞けないなら聞けないでいいのよ、ディド。関係は終わるけれど、それならそれで仕方ないわ。約束だものね?」
「っ ま、待ってくれ!」
真っ青な顔で大慌てで下着を下ろし出すものだから、思わず吹き出してしまいそうになった。
私と彼との、大事な『約束』。昔々にこの町を出ようとした私をこの男が強引に引き留めた際に交わしたものだ。
枷をかけて、脅して、薬物投与して、泣いてすがって、強引に私を引き留めた彼に出した交換条件。『私の言うことに一生従うのならば、私は此処に留まる』。
半ば諦めの気持ちで出した交換条件はすんなりと呑まれ、私達の今の関係性に至る。
表向きは仲の良い恋人。実際は、ただの私のストレスの捌け口。
懸命に私の脹ら脛の汚れに舌を這わせ、苦渋に満ちた顔で萎びたそれを起たせようと上下に手を擦るヒーローのこの様を、誰が想像できようか。
「っ ぐ ...ぅ うっ」
ぼろぼろと涙を流して、勃たない性器を擦る男の情けない有り様といったらこの上ない。
可哀想なこの男へのせめてもの手助けと、その耳元に口を寄せて、一言。
「ねえ、スプレンディド。...愛してるわ」
爪先にナニか固くなったものが触れた。
...ほんっとに馬鹿みたい。
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