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▼胸糞注意報



泣きそうな顔、何かを堪えた顔、それを知らない顔。全部悲しいと感じた。私なんかでは何も補えないとさえ。自分が如何に無力かなんて元居た世界でもこっちの世界でも分かり切っていた事だけど、いざ直面するとやっぱり心にクるものがある。

訳の分からない現象に巻き込まれて、訳の分からない内に世界を飛び越えた訳の分からない私を受け入れてくれた。初めこそは最大なのか最小限なのか知らないけどそれなりに警戒されたし、殺されかけたりしたけど。それでも何時からだか、私の作った料理を食べてくれるようになった。嫌がっていた隠れ家の掃除も、洗濯も、何時からか日常の一部として受け入れてくれた。


私にとって、それがどんなに嬉しかったことか。君たちは知っているのかな。


人間20年もやっていれば、嫌なことが大半、嬉しいことが少し、好きなことも少し。あとはぼんやりした感覚で生きているけど、それなりに人を見る目は成長しているもので。だからこそ、君たちが仄暗いなにかを抱えていることなんて直ぐに分かってしまった。ただ分かったとしても、私にそれを分けてよなんて言える強さも優しさも知識もないから、気付かない振りをした。でもやっぱり放っておけないから、自分たちで気付いて貰おうとしてお節介な事を言ったりした。

その結果、日和…ヒナタちゃんからは少し心の距離を置かれる羽目になったけど。けれど彼女が蒼、ナルトを思い遣っている気持ちは痛い程分かる。どうしたって上手に気持ちを伝える術を知らない限り、周りの全てに牙を剥くしか確実に護る方法が無いから。至極人間らしい防衛本能だと思う。それを分かっていて、害を成す人間なのかどうか、判断を下すのが佳鹿くん、いや…シカマルくん。3人の関係は奇妙だと思った。ヒナタちゃんとシカマルくんの二人はナルトを護ろうとしているのに、当人は二人を護らない。それを二人は当然のことだと思っている。隠れ家に居た時だって、二人には『何故か何時もそこに居る』という認識の存在だった。私に対しては、彼が、ナルトが拾ったからだろうか。『自分が面倒を見る』という意識があったと思う。


ねえ、どうしてそんなに心が冷めているの?何があったの?なんて、軽々しく聞いてはいけない事くらいヒナタちゃんにクナイを飛ばされる前から分かってた。それでもナルトの心の挙動は変だったし、ヒナタちゃんとシカマルくんの庇護も可笑しいと感じた。

どうしてこんなに、小さな子達が、必死に?


ーー側の人間の純粋な疑問なんて、当人達からすれば、いい迷惑でしかない。例えそれが、厚意からくるものだったとしても。それに気付けなかった私が一人の人間として失敗したのは、初めてナルト達に会ったあの日。そして、彼等に親の存在を問うたあの瞬間。


私は確実に彼等を傷付けていたんだ。










「ははっ、コイツ本当頑丈だな?その頑丈さは化物だからだよなあオイ。全てをお前が奪ったクセにな!早く壊れろよ、なあ」

「まあ…そう言うなよ。コイツだって死んでるんだぜ、両親。」

「ああそうだ。殺したよ、コイツがな。四代目も、クシナさんだって皆の憧れだったのに」

「お前は中々許さねえんだな」

「そういうお前こそ、ソレ殴るの辞めねえだろ?」

「ん…ああ、まあ、憎いからな。俺も全て奪われた。返して欲しいよ、一人娘と妻と親、親戚皆を」

「ん?…おい、気絶してるじゃねえか。加減しろよ」
「ああ、悪い。つい思い出して加減が狂ったよ」


ゲラゲラゲラ。笑い声がする。何なのこの風景は。モノクロの視界で極端に色が少ない。それに身体も動かない。動揺する私の耳に鈍い音が届いた。見たことのない風景。見たことのある金糸。知らない声。知ってる声。だらり、力なく横たわる幼子がうっすらと目を開いた。だめ、意識を取り戻しては!!駆け寄ろうとした私の身体は動かない。何かに抑え付けられている?いいや、違う。実体が無いんだ。どんなにもがいても私はそこに居なかった。だからだ。知らない声がまた笑う。笑うたびに幼子の身体がその都度違う方向へ短く飛ぶ。やめて!!叫んでも私の声は響かない。私の心の中で劈くだけ。やめて、やめてよ!!幼子を、あの子を愉し気に弄ぶ男達に向かって此処に無い私の手を伸ばす。ダメ、届かない。不意に見えたあの子の額から紅い線が頬へ伝っていた。ああ、あああ!叫んだ私の声に共鳴するかのように、その風景は突然吹き荒れた疾風に巻かれ消えていく。目を瞑った私が次に目の当たりにしたのは、先と変わらない姿のあの子。身体に遺る傷口が痛々しい。目を開いて一点を見つめる。その視線を追うと、此方を横目に捉えている女性達、主婦の姿。

なにか、嫌な予感が、
そう心の声が一つ落ちた所で始まる。ある一つの出来事が語られた。湯水のようにするする、するすると。




「ねえアレ、コッチを見てるわ」

「忌み子が何かしら、街に出るのも辞めさせて欲しいわね」

「何時災いを振りまくか分かったもんじゃないわね」

「本当よ。化物を腹に入れて生きるなんて、アレ自体が災いみたいなものでしょうに」

「四代目が居たらまた違ったでしょうねえ。心配も無く安全に暮らせたハズよ」

「ええ、ええ。その四代目やクシナ様をも殺めて見せたアレは本物の化物よ。恐ろしくてアレを見かけた日は子供を外で遊ばせてあげられないわ」

「あら貴女の所も?まだ向こうの団地の公園なら上忍や特忍行きつけの店が多くあるから安心よ?」

「あら!じゃあ今度からはそこで遊ばせるわ。ありがとう、教えてくれて」






ビリビリ、音が割れていく。心臓の辺りが痛い。頭も痛い。呼吸が浅くなる。あの子へ視線を戻すと変わらない表情のまま女達の方を見つめていた。反比例するように私の心がぐしゃぐしゃになる。どうしたらいいの、どうしたら。泣かない。この子は何をされても何を言われても泣かない。声を上げない。表情も変わらず目も、あの綺麗な蒼色が光を刺さない。何も変わりを見せない、感じさせない。どうして私はそこに居ないの。どうしてこの手を君へ伸ばせないの?私の後ろで女達の声が遠のいて行く。あの子はその後ろ姿を見遣ったままで動かない。

震える私の手をそっと伸ばして、あの子の頬に触れる。するとそこから、私の感情の波が荒れ狂った。ごめんね、ごめんね、泣きながらあの子を、彼を、抱きしめた。勿論私はそこに居ない。姿なんてなかった。それでも私は私を象っていた。私の意識でしか為さないこの姿も感覚も、それでも彼を抱きしめる以外の道を選ぶ筈がなかった。彼の額に口づけを落とした時、また疾風が吹き荒れた。その疾風に引っ張られるように、私の身体は彼から引き剥がされ、遠くへ、飛んだ。


ああ、これはきっと、彼の中の記憶だ。














「ーーッ!!」


身体がいてえ、そう思った次の瞬間、更にギリギリと締め上げられる。誰に、って聞かなくても分かる。何してやがんだこの阿呆、起きろ名前!寝起きの声で名前を呼んだからか、効果は余り無かった。首を動かして名前の顔を見ようとした。が、名前の胸に顔を擦り付ける形になっただけでこれも何の効果もなかった。身体を無理矢理動かしてみようとするが何処にこんな力があったのかと思うくらい硬く締め上げられていて、全く身動きが取れなかった。


「くっそ…オイ、名前!!」


焦れて普段以上の声が出たが今はある種緊急事態だ。安眠を妨害された上に胸のせいで息がし辛れェし、身体が動かない不自由さも真っ平御免だ。早く起きろ、そう思いながらまた名前を呼ぶと、名前の掠れた小さな声が聴こえた。


「………」


何がごめんね、なんだ。起きてるのかお前態となのかこの締め上げは。眉根に皺が寄って行くのが分かる。思わず舌打ちをして、ぐっと身体全体に力を貯めてから瞬発的に力を入れて、横たわる格好から名前の上に跨る形で起き上がった。お陰で両手が自由になったし息苦しさからも抜けられたが人の上に乗ってる為にバランスが悪い。


「ごめ、…ね…」
「…」


また掠れた声でごめんねと言う名前。なんだ、まだ起きてなかったのか。溜息が一つこぼれる。が、名前の目の端から透明な液体が流れているのを見て、身体が硬直した。

あれはもしかして涙、か?泣いてるのか?チャクラがざわざわと騒いで落ち着かない。片手を名前の首の横に付いて、もう片手で暫定涙に触れる。拭うつもりでもなかったそれは俺の指をするすると伝って、手の平に広がっていった。これは、間違いない。涙だ。


「…、…」


表現しきれない、変な…?感覚が胸の内を占めて、それに気付いた時ハッとした。慌てて手の平の涙をTシャツで拭って、Tシャツに染みが出来た。次に名前が起きていないか、咄嗟に確認して心底安堵した。まだ寝てる。何故かおれの鼓動が早くなっていた。見てはいけないものを見たような、でもそれを望んでいたような、また可笑しな感覚を覚える。そんな自分の感覚を無視しようとして時計に目をやった。


(朝の7時…)


チチチ、と外で鳴く鳥の囀りが聴こえた所で、名前に視線を戻す。


「…」
「…」
「………おはよブェッ!?」


隠した。思いっきり隠した。名前の顔を、使っていない方の枕で。蛙が潰れたような声が聴こえた気がしたがあくまでも気がしただけだ。ググ、と押さえたままでいるとくぐもった声でナルトテメェゴルァだとか言う声がしたのを聞いて、心の隅でまた安堵した俺が居た。

いつもの名前だ。




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ナルトくんデレ期到来か!?そして涙の拭い方を知らない彼は枕に夢主の涙を吸わせました




bkm
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