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「おーい、日和ー」
「…此処、私の自宅なんだけど?」
「当たり前だろ、隠れ家から出たんだからよ」
「だからどうしてそう安安と入って来れたのかって…もういいわよ、用件は?」

はあ、と変化を解いたまま過ごしていたのか、本来の姿のままの日和が短く溜息を零した。…いや、変化解いてんならヒナタか。自室へ続く襖の前からは退かないから、此処で話せってことか。テキトーに判断した俺は人差し指で目を差しつつ、ヒナタの眼を治せる可能性の話をした。勿論治せると確定してねーし、ナルトや名前にもこの話はまだしてねーって事を伝えると、ヒナタは眉根を寄せて呟いた。

「仮に、よ。仮にあの人に手伝って貰う事にしたとして、リスクも予測出来ない今の状況じゃあ、私でなくあの人に何かがあったらどうするの?」
「…は?」
「だから、私は眼が見えない以外にも他に影響が出たとして、何とかする事は出来るでしょう?…暗部内での肩書きは無くなるだろうけれど、ド素人のあの人に何かが起きては遅いんじゃないの?」
「…いや、俺はそうは思わねーけど」

ヒナタの、真面目な話をする時の面構えを見て、余計に動揺した。おい、本当に何があったんだ?お前あんなに名前の事敬遠してたじゃねーかよ。その名前の手を借りるっつーから、突然決行すると嫌がるかと思って伝えに来たらこの反応か。豆鉄砲を喰らった感覚のまま、軽い実験を試して、それが失敗なく成功したらヒナタの眼の治療に入る事を決めた。恐らくこの件に関しては蒼は何も言わないだろう。となると、ヒナタとの会話をテキトーに纏めて報告するだけだ。話も済んだ所でじゃあ、と片手を挙げてヒナタの家を後にする。どうやらこの後用事があるらしいが、支度していた気配も素振りも無かった所を見るとありゃヒナタもサボってんな。

さて、次に向かうのは火影邸だが、肝心な俺の休憩がまだだ。人気の少なさそうな茶屋にでも寄ってくか。














「いやはや、驚いたのう」

ふぅ、と溜息を吐きながら火影様が呟いた。一、二の思案無しに、あの御二方の事だろうと察しは付く。火影様専属のお付きの忍びとして私は控えていただけだが、一部始終は見守らせて頂いていた。火影様の驚きと言うのは、暗部総本部総隊長、蒼…ナルトの、名前様に対しての反応についてだろう。我等特忍や上忍、増しては暗部に至ってもあの御方の実力には遠く及ばない。精進の意も絶える事無く、更なる実力を付けようと日々修行を行っていると今でも密やかにナルトの監視を続けて居る、とある一族の友人から報告を先日受けた。ナルトの後見人として側を離れぬカカシにすらその心の内を吐露して居なかったあのナルトが、どうにも名前様には心の内を晒そうかどうしようか、そう悩み出す一歩手前までの反応を見せているのだ。成長を見届けて来ていた火影様の驚きもごもっともであろう。

「お主は分かるかのう、毎日の飯が美味い事の喜びと、他人の寝息を身近に感じれる至福を」

私が言の葉を紡げないことを知って居ながら、火影様が私に問うた。返事の代わりに目を開くと、火影様は窓の外へ視線をやっていて、自由に空を飛ぶ鳥を目で追っていた。

「もし、儂自身がナルトの立場にあったら…それはそれは、言い表せぬ歓びを胸に抱えるじゃろうて」
「…」
「じゃが、他でも無い、ナルトの立場ではない生き方をして来た儂であるから、今のナルトの気付きもしない葛藤が他人事のように分かる。」

そう言った後、火影様が私へ視線を移して一言言った。


「ナルトは歓びの感情を知らぬから、コレは一体何だ、と。疑問と動揺…そして、知らぬモノへの不快感しか、相手に伝えられぬのじゃよ。」

細められたその目には、僅かな期待と寂寞が滲んでいるように思えた。不意にまた、火影様の視線が外へ向けられる。

「儂もジジイ面を出来るのは、此処までか…さみしいのう」

名前様へあの御三方を託したような、そんな眼差しを、陽の沈み始めた空へ向けて紡がれた言葉は、私の憶測ではあるが、どこか安堵しているような気がした。










「ーーで、用事があるとか言ってた奴がなんで茶屋で寛いでんだ?」
「休憩よ休憩。疲れた時には甘いものでしょ?それにナルトに会いに行くのなら私も任務で得た情報の交換したいし。」
「いや…あのね君達、ちゃっかり俺の奢りで注文してるとこはノータッチなの?」

頬杖をつきながら二人を見ると、事もなさげに熱い蒸しタオルで手を拭いていた。あ…スルーなのね、そこ。

今日もまた何度目になるか分からない溜息を吐いた。

「で?カカシも任務、サボり中なの?」
「いーや、歴とした非番です。て言うかね、堂々とサボってんじゃないよ君ら」
「カカシが休み…?珍しいな」
「うん……ホント久々…」

自然と糸目になるのも無理はないでしょ。連日消える事の無い任務を捌いて捌いて捌きまくって、たまーに息抜きながら休憩しつつ、また任務っていう生活が今の里情勢じゃザラだ。お給金は確かに悪く無いケド、身体が資本なのを忘れてやしないかね、任務受理しまくってる上の方々。同じような事をボヤいてるヒナタの姿のままのヒナタが注文したんだろうぜんざいの到着に少し嬉しそうにしていた。続けて俺の笊蕎麦も到着して、最後にシカマルの鯖の味噌煮定食が運ばれた。

「それで?二人揃ってどうしたのヨ、俺なんかのトコにさ」

パキッと割り箸を割りながら言うと、シカマルがああ、と面倒臭そうに言いながら割り箸を割る。


「俺じゃ分からねーっつーか…理解?し得ない事が最近多発してんから、年上の意見を聞こうと思った」
「ん?シカマルが?」
「まーな」
「へぇ……ヒナタは?」
「ぜんざいが食べたかった」
「あら…そう…」


シカマルの言葉に驚いたけど、ヒナタの迷いない一言に一瞬で脱力した。ケド、ぜんざいを口に運びながらもシカマルの方へ目を伏せているから…恐らくは、ヒナタもシカマルと似た感覚をもってるって事カナ。


「…ま、話はお腹満たしてからにしよーか」
「さんせー」
「ぜんざいおかわりして良い?」
「…ドウゾ…」


喜々としてぜんざいを追加注文するヒナタを見て、やっぱりヒナタも最近になって表情増えたよね…なんて思った事は秘密にしよう。










ちょ、ちょっと待ってよ蒼!どこまで行くの!

後ろから聞こえた声が僅かに息の上がったものだと気付いて、足を止めた。振り返ろうとした瞬間背中に名前がぶつかった感覚がしたかと思えば、ぶぇっと何かが潰れた様な声が。漸く振り返ってみると、丁度鼻を押さえて俺を睨む名前と目が合った。


「忍服硬いなオイ!予期せぬダメージなんですけど!」
「中身は衝撃を吸収して流すように作られてる、安心しろ」
「え、私の鼻の心配は?」


鼻頭をさすりながら不満を漏らす名前。部屋を出た時は名前に引かれていた手を慌てて俺が引くようにして火影邸を出たのはいつ位前の話だったか。そんなに時間は経っていないと思うが、直ぐに逆算出来ない程度には俺は動揺している。

なんで、何でこんな行動を取ったんだ、俺は。


「えっと…とりあえず、此処って君の家、なんだよね?」
「…そうだな」


訳の分からない衝動に気付かない振りをして答えると、名前が何故か困ったように笑った。そしてまた、俺の手を握り返して、引く。


「おっしゃー!突撃、蒼んちのご飯!」
「オイ、上がる気か」
「あったりまえでしょ!私だって目的も無く外に出たんじゃないんだからね!」
「…」
「なんだいその疑いの眼差しは。えぇそうですよ大体いつもは何も考えてないですけど!?それが何か!?」


言いながら迷い無く俺に与えられたアパートにずんずん進んで行く名前の背に呆れながら視線をやる他無かった。とりあえず名前には考えがあるらしい。なら今はその意に従おう。俺の思考回路は今、使い物にならないから。


「はーいお邪魔しまーす!」
「そこじゃねェ。その隣だ俺んちは」
「…失礼しましたー」


案の定隣の家のドアを開け放った名前にそう言うと少しの間を置いて殊更静かにドアを閉めた名前に思い切り睨まれた。間違えたのはお前だろ、と視線で返すがそれと同時に顔を逸らされた。オイ、それで視線を躱した気か。そのまま静かに俺の自宅へ入って、靴を脱ぐ。当然手を引かれている俺も家に帰宅する形になって、靴も脱がざるを得ない訳だが。


「…で、目的って何だよ」


溜息を吐きつつ、リビングへ移動する。名前に問い掛けたつもりだったんだが、当人はぐるっと俺の部屋を見回していた。何だよ一度来た、つーか居ただろうが。怪訝な顔をしていたんだろう。俺に振り向いた名前が一連の動作を笑って誤魔化そうとした。


「逆立ちしてもあのベッドはねェし、新しいモンもまだ買ってねェよ」
「ごめーん!ほんと!ごめん!」


サッと手を離したかと思えば、ぱん!と手を打って謝り出した名前の謝罪攻撃を流しながら目的とやらを聞き出してみると、ジジイと話していた時に俺の様子が可笑しかったから、ちょっと話そうと思ったら俺が目ぼしい所で止まらずここまで来てしまった。だから適当に君んちで話そうと思って!なんかもう日も落ちちゃったしなんならご飯作るよ最後の晩餐!そう笑顔で言い放った名前の脳天にチョップをかました。何をするんだこの野郎と騒ぐ名前に最後の晩餐だと巫山戯るな、そう答えれば豆鉄砲を食らったハトのような顔をした。


「え…なんで、だって、厄介払いでしょう?」
「…は?」
「もう私に、利用価値が無くなったから、一先ずの保留先として火影邸で暮らすんじゃ、」
「はァ?」
「え、だって、隠れ家バレたのだって、私が原因なわけだし、え、え?」
「…お前な、お前如きの存在一つで全部が動くと思うなよ?全部里の都合だ。都合が悪くなったから、俺らとお前は離れて暮らす。これが一番、里にとってタメになる都合なんだよちっせェ頭でちっせェ悩み持つな破裂するぞ」
「う、うぉおなんか色々言われたけどとりあえず破裂はしない!」


ハァ、と、随分大きな溜息が出た。頭が痛いとまではいかないが、やっぱり名前はグルグルと考えるスパイラルに嵌るととことん嵌るタイプの人間らしい。いや、予想は付いてたが。


「まあいいや。ねえナルト」
「…」
「おいで!」


何をトチ狂った事を言い出すんだ名前は。呆気に取られたままの俺を見て焦れたのか、名前がウォラ!と声を上げて俺を押し倒しに掛かる。予想外過ぎる展開にまんまとしてやられた。しかも名前のあの掴みにくいチャクラが身近に充満し過ぎて、ボフン!と音がした瞬間に変化の術が解けてしまった。いや、これは俺が動揺し過ぎた所為か。


「離せ!何しやがる!!」
「ええい諦めなさいナルト!初めは君からだ!思いっきり私の胸で寝るがよいわ!!」


ぎゅうう、と効果音が付きそうな位抱き締められて、本当に何が起こったのか分かりやしない。何故だ、何が名前をこうさせた!一気に色んな思考回路が回り出して初めて自分の意識が遠退いて行っている事に気が付いた。が、もう、今はそれでいい。多分この感覚はあいつだ。この際名前に多少の怪我をさせても仕方無い。悪いが名前を引っぺがしてくれ、九喇嘛。











「…嬉しかった、のは、本当よ」


ご飯、美味しかったのよ。なんていうか、あっち…自宅で食べる時の味とは違って。

あれからつらつらと、シカマルとヒナタが疑問を話し出した。纏めれば、二人とも表情が増えた、笑うようになった、そう言われるのが不思議でならない。そんな所。

恥ずかしそうに告げたヒナタを、シカマルが頬杖をつきつつ眺める。その視線に気付いてるけどあえて無視を決め込んでるヒナタの様子が何故か微笑ましくて、思わず失笑してしまった。


「…そう、それ。最近良く笑われるのよ、貴方や他の同僚達にも」
「俺もだ、意味が分からねーんだよな」
「アララ…んー…ま、これは俺も悪いとこあるからな…」


ヒナタとシカマル、そしてナルト。この三人を見守ると言う形だけで野放しにしていたのは事実で、俺は影で三人に、特にナルトに害を与えた奴を制裁する事しか出来なかった。…いや、しなかったのか。それはヒナタやシカマルに対してもそうだ。見守るだけで、他は何も。多少の会話はあれどそれは所詮その程度のもので。この三人が変わったのだって、俺と関わりを持ち始めたのも、全部あの子がーー名前ちゃんが現れてからだ。


「まーなんだ…分かり易く言うと、それは貴重な成長素材だ。だから大事にしなきゃいけない」
「…?成長素材?」
「そ。特に、将来大事な人を護る為のね。ヒナタには絶対に必要な素材な筈だよ」
「大事な人…」
「…カカシ、本気で言ってんのか?」
「本気も本気。…心がほぐれる事を知っているだけで、生きる活力になる。その活力は、それをくれた相手にも返り、新しい活力になる。」
「…」
「そうやって、生きて行くのが人の、理想の形なんだよ。」
「理想、ねぇ」


ふーん、そう言って席を立ったシカマルが、休憩終了だ。と告げて店を出て行った。シカマルはまだ納得し切れてない、かな?いや、俺の例え方が悪かったかもしれない。


「…」
「さて、ヒナタは?この後任務が控えてるんじゃないの?」
「…ありがとう」
「え」
「だから、ありがとう。分からないものが何だか、理解出来た気がする。」


そう言ってヒナタも立ち上がって、手をひらりと振ると店から出て行った。茫然としたままの俺に店員が代金を記した紙をおずおず机の上に置いて行く。うん、ゴメン、もう少しまだ、この感動に浸らせて。
あの子の口から、感謝の言葉が紡がれたなんて。








「…え、っと、クラマ、さん?」
「あんだよ、もう離れんのか」


くい、くい、と掌を握ったり開いたりする、ナルト。いやクラマさん?何故か一瞬ナルトの意識が落ちたかと思ったら、次の瞬間思いっきり胸を鷲掴みされて。奇声を上げて飛び退いたらクラマさん?にケラケラ笑われたのがついさっきの出来事。


「見た目よりはあるモンだな、お前さん」
「なんの話!?ていうか、え、ナルト!?」
「あのガキゃあショート中だ。少し早く回り過ぎだアイツもお前も」
「!?」


益々なんの話か分からなくなったけど、とりあえず距離は保っておこう。警戒態勢の私をチラ、と見遣ったクラマさん?はニィイ、と口端を釣り上げた。うわぁ、ナルトの顔なのに違和感無い。ゼロだよ似合ってる。絶対これ聞かれたらチョップ炸裂してるわ。


「お前さん、化け狐の話は聞いてるか」
「ん?九尾とかの?そー言うのはわたしの元居た世界でも色々と逸話が「おう、それが儂だ」ーーいや話の腰折らないでよって嘘ォ!!?」


最早何に驚いて良いのか分からないんですけども!!ナルトがナルトじゃなくなったとか、九尾云々、化け狐がどう、ナルトのお父さん…ミナトさんが凄い人で、凄い強くて、そりゃもう強くて、その凄いミナトさんにこの里を潰す計画に使われた時、産まれたばかりのナルトの身体に封印されたんだと話すクラマさんて実はミナトさんの事すごい好きでしょなんて思ったらまた鷲掴みされそうになったから更に距離を取った。


「要するにアナタは木の葉の里で大暴れした九尾の狐…で、ナルトはその封印を施されたジンチューリキってことで大丈夫?」
「人柱力な。この通りどっからどう見ても封印されてんだろ」
「あらやだナルトって肌綺麗…すご、封印されてるっぽいおへそ可愛い」
「お前さんはもう少し空気を読む事にしろよそんで触るな」


ベシ、と叩かれた手の行き場に困っていると、クラマさんがまたニィイと笑って問うて来た。いや本当にそのニヒルな笑い方ナルトに似合ってますよほんと。


「知りたいか?ナルトの過去を」
「…」


思わぬ一言に何度か目を瞬かせた。私を試すようにまじまじと視線を寄越すクラマさんは、あぁ、ナルトの事もすごい好きなんだなぁ、と感じた。いや、でも勝手に人の過去を覗いたりしちゃあいけないんじゃないの?なんて思ったタイミングで、ぶわっと何かが私の視界を埋め尽くした。それはオレンジ色のような、朱色のような、ゆらゆら揺らめく半透明なモノで。


「…!」
「ま、お前さんがどう答えようと見せるモンは見せるんだがな。」


後少しなんだ。頑張ってくれや。

クラマさんの声がビリビリと痺れる身体に伝って私の鼓膜を揺らす。その直後に逃れようのない睡魔に襲われて、ゆったりと身体が倒れて行くのを遠くで感じた。













ふと意識が浮上して、目を瞬かせる。首だけ動かしてみるとどうやら俺はまだ名前に捕まったままだった。九喇嘛の野郎引っぺがしてくれっつったのに。だが明らかに先程とは景色が違っていた。場所が寝室に移動していて、簡易的に用意したマットレスの上に名前に抱き締められている形で俺は転がっていた。その名前の身体には毛布と九喇嘛のチャクラが絡み付いている。ああ、何かやった事にはやったんだな。見た所名前に怪我は無いから何の杞憂も無いが。


見上げた名前の寝顔はだらしない。涎だとかは垂らしてはいないが顔が地味にニヤついてるし俺の身体を拘束する両腕も離れそうに無い。じわじわと伝わってくる体温や間近で感じる人の気配も、今までは鬱陶しく、気色悪いと思っていたのに何故だか心地良さが忍び足で寄ってくる。溜息と共に、名前の手から逃れる事を諦めた。スーッと意識が沈んでいく感覚。
あぁ、久し振りの就寝だ。




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次回胸糞話共に捏造含みますご注意を




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