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「おかしいだろ」
「私だってそう思ってるわよ」

ハァ、とまた、隣からため息。鬱陶しいわよいい加減。書類の山から顔を覗かせるシカマルが私の返事に筆を置いた。

「お前の眼だってあれから治らねーまんまだろ?」
「そうね。回復の兆しすら無いわ」
「蒼と俺の傷はもう完治してるんだがな」
「やっぱり貴方の推測通りなんじゃない?黒ずくめのチャクラが私の視力を奪い続けてる、って」

言いながら、私は筆を紙面に滑らせる。毎回毎回書類に自分の名前を書かなきゃいけない制度には嫌気が差すけれど情報の捏造を疑われるよりは面倒じゃないか、と自分を無理矢理納得させている。

「肝心な名前はまだ目ェ覚まさねーしな」
「…あれから今日で十日目ね」
「そうだな」

そこから、私もシカマルも口を開かず山積みの書類の片付けに自然と専念した。



文字通り、あれから名前は目を覚まさない。遅くても翌日には、なんて言っていたけど、思っていたより名前の精神的負担は大きかったようで。最初の二、三日は一体いつ目を覚ますのかと蒼も私もイライラして居たけど、今となっては考える余裕も出来て、彼女が世話を焼いてくれていた炊事洗濯をしながらの生活にも、再び慣れてきた。生命維持装置や、常時医療忍者が付きっきりで診なければいけないような状態ではないから、こう気長に待てるのだろう。

名前が目を覚まさないのも難問だけれど、あれから黒ずくめが一切姿を現さない事にも気が抜けない。他国からは勿論奇襲を掛けられたり、情報の漏洩目的での間者が入り浸っていたりと面倒な日々が続いてる。"根"に関しては、恐らく火影が釘を指してくれたのだろう。何事もなく、何時ものように水面下で"根"らしく活動している。

さて、この休憩も兼ねての書類整理が終えたら、また私は間者達の掃除の任務へ出なきゃならない。確かシカマルはこの後に大量の暗号解読が待ってると嘆いてた。仕事量的には大差無いけど、頭を使う分、シカマルの方が余計に疲労が溜まりそうな気がする。

「…」

ほんと、何時になったら目が覚めるのかしら。









「………」


ヤバイ。非常にヤバイ。何がヤバイって、第一に身体が自由に動かないこと。第二に、直ぐ近くに、蒼が居るということ。明らかに身体が動かない方がヤバイのは置いといて、目隠しされてるみたいに目の上に被せられたタオルのお陰で周りが見えないから憶測になるけど、恐らく蒼が居るであろう方向から流れてくる冷気と、なんか言葉に出来ない重圧のようなものが半端なくて同列一位くらいにはヤバイ。冷や汗通り越して緊張からか脂汗が出ていそうである。そして更にその緊張からか、喉もカラッカラに渇いてて声なんて簡単に上がらないのも悲しいところ。…いや、何かのタイミングを見つけようにも、蒼が物音や空気一つ動かさないのでタイミングも何も無いんだけどね!それでも、何かしらのきっかけがあれば声を上げて私起きてますアピールしたいよ!私!名前!起きてます!!

「…」
「…」

そんな私の心の叫びも虚しく、また無言の時間が続いた。何時から蒼がそこにいるのかは分からないけど、私の目が覚めてから早五時間は経過してる。五時間も耐久レースしてる自分を褒めてやりたいけど全て恐怖による我慢、忍耐なので褒められるような事ではないっていうツッコミが日和ちゃんあたりから飛んできそう。でもね、私そろそろ限界を感じてるんですよ、ええ。何のって、空腹の。多分そろそろお腹鳴っちゃう。お腹空いてるもの。そりゃもうすんごく。何でこんなにお腹空いてるのってぐらい空いてる。今まで眠っている間にも鳴ってなかったであろうお腹を褒めてやりたい。

…いやでも、本当にどうしよう。身体も動かない、声もロクに出せない。こんな状態でどうやって蒼に目覚めを伝えよう。何時もなら読心術か何かで見破ってくれるはずなのになぁ、もしかして私はまだあの空間に居て、本当は目が覚めてないんじゃないのかとちょっと不安になる。ていうか私、どれ位眠ってたんだろう。昴と遥の元にも連れられてから日が経ってるから、皆と会うのは少しだけ久しぶりに感じる。
そんな事を考えている間に、ふと蒼の方から流れる冷気と重圧のコンボが消えた。え、嘘、蒼どっか行っちゃう!?なんて軽く慌てた私の耳にとんでもない一言が飛び込んできた。

「可笑しいな、これ程殺気を込めたチャクラで包んでも起きねェとは」

オオオオオオイ何やってんだよ!!人の身体がチャクラに少し疎いからって軽く実験も兼ねて遊びやがってェエエ!!!思わず吐いて出た(声には出てない)悪態と共に怒りの波動が身体から噴出していくような感覚が走る。と、その瞬間、頭の上からピッ、ピッ、と規則的な音を紡ぐ電子音が聞こえた。

「…あァ?」

その寸秒後に、蒼の地を這うような一言。

「随分前から起きてたみたいじゃねェか、名前」
「…!」

はらり、捲られたタオルの先に見えたのは、何時しか見覚えのあった綺麗な金髪と、ギラリと光を放つ空色の中央に赤い色を灯した瞳だった。あの、その、恐怖政治って良くないと思うんですよね私。










「いたっいだ、いだだだっ」
「ああ、これ本物だ」
「当たり前でしょうが!!なんで出会い頭に抓るの!」

哀れ、見事に赤くなっているであろう自分の頬を摩りながら蒼に呼ばれてから数分で現れた佳鹿くんへ抗議すると、珍しく少し怒った様にムッとされた。なぜ私が責められるような目を向けられなきゃいかんのですかね、救いを求めて蒼を見るけど、期待も虚しく脳天にチョップを見舞われた。何故!今のタイミング、チョップ所だったの!?

「で、何時から起きてた?」
「五時間前ぐら…うわぁ、殺人犯しそうな顔になったね蒼」
「無駄に時間を過ごさせたテメェのお陰でな」
「確かに五時間もあったら今日中に名前の精密検査終えれたな」
「あっそう言う…いやでも怖いよ佳鹿くんヤバイよ蒼が」
「俺しーらね」
「!?なんか今日佳鹿くんまで酷いね!?」

これは危ない。何時もは助け舟を出してくれる筈の佳鹿くんまで私を仕留めようとしてる。やっと上体を起こして座れるようになった私には二人のそれを回避するなんて難しすぎる難題である。まあでも、私の声を聞いて直ぐに水と飴を用意してくれた辺り、やっぱり佳鹿くんは佳鹿くんだなぁと思った。まだ少し喉は痛むけど、喋れる程度には持ち直しせたから一安心。私は無事、あの空間から抜け出せたみたいだ。

「名前の精密検査は明日に回すか?」
「ああ。日和もまだ帰って来てねェしな。何よりコイツの身体が追い付かねェだろ」
「あー、名前、試しに歩いてみるか?」
「う、うん、」

そう、何を隠そう意識下に居座っていた私は悠に十日は眠っていたらしく、その間勿論身体は動かしていないので、体力も地味に落ちているだろうと起きた直後に蒼に言われた。担当の医師が軽い運動として足や腕は動かしてくれていたみたいだけど、それもタカが知れてる範囲だし。

恐る恐る、私はベッドから足を降ろして床へ付ける。そして何時ものように力を入れて、立ち上がり、右足を踏み出してーーー

「まあ、こうなるよな。」

倒れた。
なんの抵抗もなく、膝からふにゃりと。でも床とお友達になっていないのは、倒れる寸での所で蒼が私の腕を引いて支えてくれたから。

「…たった」
「あ?」
「たった十日で、歩けなくなるなんて…!!」

呆気に取られながらも、自分に腹が立った私は言いながら自分の右足を叩く。幾ら基礎体力が無い方にしたって、可笑しすぎる!そう嘆いた私をもう一度ベッドへ戻しながら、蒼が溜息を吐いた。

「こりゃあ日和がキレそうだ。」

やれやれ、と同じように溜息を吐いた佳鹿くんの一言に、じわりと涙が滲んだ気がした。











「ふぅん、気配と言うか生命反応すら薄すぎて、機材が反応しなかったのね。それで蒼の一言聞いて、カチンと来たら突発的に生命反応が強くなってやっと起床判定された、と。」
「…」
「で?仕舞いには体力低下が常人の並以上目立って一人での歩行は困難、歩行機で試してみても自らを支える重量ですら足が支えきれない…貴女って本当……」
「ご、ごめ、んね?」

怖い。蒼とは別種の意味で怖い。チクチク刺さる視線と言葉にあぁ、間違いなく日和ちゃんだなぁなんて思うし、帰ってきた感じがして少しだけ嬉しいけど、やっぱりチクチク刺さるものは刺さってるのだから痛いのであって。出来れば早く終わってくれないかなーなんて考え始めた所で日和ちゃんが言葉を切った。ちらりと日和ちゃんを見るとまだ眉間にシワが寄っていて、唇は引き結ばれていた。眼はまだ回復していないらしく、包帯で隠されたままだった。

「…別に謝って欲しいわけじゃないわよ。貴女の危機管理能力が無さ過ぎただけの事を指摘したかった序でだから」
「序でが先でしかも長いね?」
「…ッそれ程怒ってるし!心配したのよ!」

ダン!と日和ちゃんがベッドの隣にあった机を拳で叩いた。条件反射でビクッと反応するけど、日和ちゃんから吐かれた台詞を反芻すると私の事を心配していたようで、えっと、でも怒ってるしっていうのは進行形で、あれ、今も怒ってるけど心配はしてたっていう…あ、もしかして日和ちゃんデレたね!?

「関係ないわよそんな事は」
「でも心配してくれたんでしょ?ありがとう!」
「…」

私の言葉の後に、深い溜息を吐かれてしまった。日和ちゃんには申し訳ないけど素直に嬉しかった。そんな私達のやり取りを見てひと段落付いたと判断したのか、佳鹿くんが今の状況を教えてくれた。昴や遥はあの日から姿を見せていない事、あの日を境に他国の間者が増えているので、私の情報が漏れている可能性が高い事、"根"からのコンタクトや妨害らしい事柄は起こっていない事、そして隠れ家の存在を知られた為、その存在を無かった事にするという事。簡単に纏めた内容で話されたけれど、大体察しは付く。だから特に聞き返したりはしない。しないけど!!

「私、今度は何処で生活すればいいの!?」

第一問題はこれでしょう、どう考えても!他は忍云々関わってそうで深くは首突っ込めないし!身を乗り出して問うた私に佳鹿くんが若干身体を引いた。そう、今まさに私は必死の形相なのである。

「それについては、どうやら三代目から話があるらしい」

佳鹿くんが口を開く前に蒼がそう告げた。三代目にも会うのは久し振りな感覚だなぁ、なんて思った所で、私は重要な事を思い出した。ここに帰って来るまでに出会った、あの人との会話の報告と、あの人の正体の確認を取らなくてはいけなかった事を。

「そ、その前に、ちょっと話していい?」


これを初めに話さなかった事に、そして自分の身に一抹の不安を感じたのは仕方ない事だと思いたい。










bkm
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