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息苦しい。胸が痛い。頭も痛いし、耳鳴りもする。声すら上がらない程の苦痛って、こういうことを言うんだ。そう思った私の頬を誰かが軽く叩きながら名前を呼んでる。薄っすらと涙が滲んでしまってて、一瞬誰だか分からなかったけれど、最近やっと見慣れていた筈だった金色が認識出来て、それが蒼だと分かった。
皆、今までどうしてた?ちゃんとご飯は食べれてたの?家の掃除出来なくてごめんね、と心の中では言いたいことが湧いてくるのに声を出す事すら億劫に感じる。いつしか頬を軽く叩く感覚も、見えていた金色も消えていていたのが分かったと同時に、意識が沈んでいくのを感じた。





「落ちた」
「出来るだけ庇ったけれど、頭を少し打ったかもしれないわね。このまま医療班の元へ向かう?」
「診て貰うのは日和もだ。名前のこれは精神的なものだろ。なあ、蒼?」
「とりあえず状況を伝える必要がある。佳鹿、ジジイを本部に呼んでおけ。」

言いながら狐面を付けて名前を背負った蒼に返事をしつつ俺も鹿面を付ける。今は時間が惜しい。このまま街中を突っ切ろう。日和も既に猫面を付けていて、何時もは流したままにしている髪を一纏めに結い上げていた。その最中、救護室に最高の結界を張れと指示されている声が聞こえた気がする。待て、日和の全力結界なんて張る前に位置を覚えないと見付けられねーだろ!つまりは暗に、名前と蒼が里へ到着し且つ救護室へ辿り着く前に三代目を連れて来いってか!そう考え付く寸秒前には俺はさっさと行動を起こしていた。Sランク任務でしか出した事のない最高速の瞬身で里の、火影室へ向かう。途中上忍だかが警戒して追って来たが直ぐに蒔いた。飛んで来る苦無は全てそっくりそのまま弾き返してやったが投げた本人がどうなったかは知らん。流れる景色の中に上忍共の騒ぎを聞きつけてか、俺の気配を感じてなのかは分からないが呆然としているカカシを見付けた。だが今は悪いが構ってる暇なんて無い。
佐倉ハツの居住が死の森の中だと言っても、俺らの住んでいる隠れ家のある深い場所ではなく、比較的街へ近い場所に在った。なら、既に日和も蒼も到着していると考えていい。

「三代目!今時間あるか!?」
「これ佳鹿!一体何を騒いでおるのじゃ!街におる上忍が驚いておっただろう!」
「暇そーだな!そんならちょっと顔貸してくれ!」

何時ものように開け放してある窓から勢いのまま入室して、急停止する。三代目の側に控えていた忍が佳鹿という単語を聞いて安堵の息を漏らしていた。気付かなかったのかよコイツ、と思ったが俺らは黒ずくめに対抗する為に気配をギリギリまで消していた事を頭の端に思い出すが、もう時間は無い。三代目の腕を掴んで、暗部総本部の救護室へ転移した。側近の仕事残量を見た絶望の表情に軽い親近感を抱くが悪い、今回は見捨てる。俺と三代目が救護室前へ転移したと同時に、日和による結界展開が始まっていた。完全に展開される前に救護室へ入ると、名前の身体を医療班へ診させている蒼が目に入った。

「遅ェ」
「悪かった、俺の力量不足だ」
「これは…蒼、早急に経緯を話してくれんか?」

三代目の言葉に、元々そのつもりだ、と蒼が応えた。その後直ぐに三代目へ黒ずくめから得た情報、佐倉ハツの正体、名前と黒ずくめの関係性を三代目へ蒼が説明していく。冒頭より三代目の渋面は顛末まで解される事は無かった。

「…して、名前は余りの状況に耐え切れず気を失ってしまったか。」
「恐らく」
「特に身体的異常は見られないと現場を見てる日和から報告があったから、早くて数時間後、少なくとも明日には目を覚ますとは思うが」
「じゃが、新たな情報源となる筈であった佐倉ハツ殿が精神に異常有りとあらば、やはり名前は彼方へ渡してはならんな」
「そうなるだろうな」
「…守りきれるか?ダンゾウや他国の忍、そして昴と遥とやらから」
「…」

三代目からの問いに、俺は口を噤む。完璧に守り通せるかは正直怪しい。死力を尽くせばどうにかなるだろう。他国の奴等は暗部の連中も少し動かして掃除すればとりあえずは持つだろうが、ダンゾウはいざとなれば奴の手足となる忍を始末するしかない。思考を巡らせている俺を置いて、蒼はただ一言告げた。

「それが一番簡単だ。向かって来る連中は全て消す。が、考慮すべき相手は居るのか?」
「そうじゃのぉ…出来れば害を成す連中以外は考慮してやってもらえんかの」

まるで蒼が何と応えるか分かっていたかのように三代目が笑いながら返した。隣から面倒臭げな舌打ちが聞こえた辺り、これは理解したという返事代わりなんだろう。
あー、此方に手を出さなければ他国だろうが黒ずくめだろうが甘く見ろって事か。ソレ、めんどくせーな。








「名前ー!起きなさい、もう学校へ行く時間でしょう?」
「ねーちゃん寝坊すんぞー!!湊先生からまた電話来ちゃうぞ!遅刻遅刻ー!!」
「ああそうだ、お母さん昨日の夕ご飯、多めに作っちゃったでしょう?だからこれ、向こうのハツさんにお裾分けして来てくれない?熱は飛ばしたから大丈夫だと思うから」

ああ、これは夢だ

ぼんやりとする感覚に頭ではそう思っていても、心が追いつかない。心臓はドクドクと脈打っている感覚がしていて、これだけは夢の中なのに、妙にリアルだ。目の前を通って行く、何時しかの頃の自分。ハツさんに会うのも楽しみで、嬉々としてお母さんからお裾分けする包みを貰ってる。まだ化粧っ気も無いのに私服のままって事は、専門大学に入ったばかりの私なんだろう。でもこの夢の中はぐちゃぐちゃだ。学生の頃の記憶や大学へ行く為に家を出て行く日、今までの日常が混ざっている。次々と展開されていく記憶の中に、ハツさんの笑顔を見付けた。
どうしてハツさんまで、私と同じ場所の異次元へ来てしまったのだろう。勿論それは私に対してだって言えることだけど、ならどうして私は、ハツさんのように可笑しくならずに今まで過ごせていたの?

考え出したら止まらない思考に、恐怖が少しずつ混ざる。いつ私はハツさんのようになる?そうなったらあの子たちは私をもう監察対象として処分するのかな。ううん、そんな事になったらまずバイト先で迷惑かけちゃうから辞めなきゃ。雇ってもらったばかりなのに、店長さんごめんなさい。色んな思考が枝分かれして行って、取り止めのない事ばかり浮かぶ。いつの間にか流れていた記憶は消えていて、真っ暗な空間に私は一人で蹲っていた。

私には分からない。どうして私が異次元なんて場所に来てしまったのか。









「既に名前まで付けてるのよ、あの人。順応力だけは高いんだから」
「昴と遥だっけ?どう言う意味で付けたかは知らねーがめんどくせー事したな」
「そんな事はどうでもいい」

バッサリ話を切り落とされて、仕方無く口を閉じた。
あれから私達は火影邸に名前を預けて、隠れ家へ直行した。これからの暮らしは暫く此処ではなく、各自の自宅で生活する事にした。その為、服やら忍具やらを纏めに戻って、今まさに荷造りをしている所。名前は火影邸で暮らして貰う事になったけど、とりあえずは上忍も火影御付きの特忍も居るからある程度の警戒は出来る。この隠れ家は黒ずくめ連中にも掴まれている可能性も高いし、佐倉ハツが情報源とならないなら、異空間忍術だろうが何でも識ろうとする連中なら木の葉にだって巨万と居るだろうし。変化しているから私達本体が自宅へ戻ろうが、周りからの目は変わらない。シカマルの父親は唯一この隠れ家でシカマルが生活している事を知ってるけど、訪れた事は一度も無いし。

「ハーイ、呼ばれて嬉しい必殺雑用忍只今到着しましたよー」
「遅いわよカカシ」
「雑用忍の件は無視なのね…って何よナルト、その包み」
「働け雑用忍、それが仕事だろ」
「思わぬ展開ではんの…うわっちょっとコレ!重いんですけど!?普通の風呂敷包みじゃないの!?」
「ああ、忍具を入れてある」
「絶ッッッッ対見た目以上に入ってるよね!?ちょっと待ってちょーだいよ!」

ぎゃあぎゃあ騒ぐカカシは無視して、私は自分の忍具を転移の札で自宅の自室へ送る。札の無駄遣いだとナルトはカカシを呼んだけど、札を書くのもある種の修行の一つだとしたいから私はどんどん使う。

「シカマルは荷物少ないわね」
「ああ、俺は半暮らしなモンだったからな。暗部の仕事しながら殆どだったし、ナルトやヒナタが居た方が書類だの暗号だの仕事こなすのにも楽だったし」
「そうね。元々は未曾有の忍者不足で暗部もてんてこ舞いだったから、私達が暗部に入隊してから一番効率良く任務を捌ける面子での住み込み可能な作業部屋として作ったんだったわね。」
「名前のお陰で今やフツーの家と大差ねーけどな」
「仕方無いじゃない。テーブルの上も書類置きっ放しにしてたら勝手に片されるんだもの。」

愚痴を溢した私にシカマルから湿った視線が送られる。ええ、分かってるわよ。随分名前に懐いてるってね。ええ、確かにこの前気が触れてしまったのか偶には労わろうかと思って皆お揃いのお箸セットだって買ったわよ!

「まあ、なんだ…良かったんじゃねーの。お前ん家、色々とめんどくせーんだろ」
「…そうね」
「俺ん家は別に、そういう荒風はねーから大した事言えねーけどよ」
「何か言って欲しい訳じゃないから、気にしないで。任務にだって支障は出さないから大丈夫よ」

私がそう言うと、シカマルは何かあったら話ぐらいは聞くからなーと言い残して、身支度を終えたのか隠れ家から出て行った。視線をナルトの方へ戻せばカカシに荷物ではなく任務の書類を出している所だった。当の本人はナルトから渡された荷物を片手に青い顔をしている辺り、思いも寄らない展開だったみたいね。二人の観察をしている間に私も最後の荷物を転移し終え、ナルトの方へ声を掛けるとカカシが代わりとばかりに片手をヒラヒラとさせて笑った。それを確認してから私も久々の我が家への家路に着いた。











どうして私は此処に一人で居るんだろう。
ぼんやりとした感覚のまま、私は爪先を見た。周りは真っ暗なので、他に見る場所もない。

確かあの時、ハツさんは可笑しくなってしまって、それを誘発させたのは、遥で。あの、大人しい方の黒曜石。まるでその様を見せたかったかのように、あの場所へ私を連れて行ったのは昴。煩い方の黒曜石だった。昴は蒼達があの場所へ来る事も、遥があの場所へ行く事も知っていたんだ。だから私をあそこへ連れて行った。でも、私を攫ったのも昴なのに…私を蒼達へ返したように感じたのは、私だけなのかな。

「…わからない…」

考えても考えても、それはどこまでも憶測でしかなくて。そう思った瞬間に寂しさがジワジワと心に滲んで、堪らず目を閉じた。

「名前ちゃん」

ふ、と。緩い風が吹いたかと思った瞬間、声がした。反射的に目が開いて、顔も上げて声の主を探した。多分だけど、いや絶対。今の声には覚えがある。それも私の知っている、元居た世界の人。後ろを振り向いても上を見ても下を見ても、私の知っている声の主は居なくて。

「こっちだよ」

もう一度声がして、今度こそ後ろで聞こえたそれに振り返る。その先に居たのは、私の世界に居た人に、物凄く似ている人だった。

「みな、と…先生?」












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急展開に次ぐ急展開。




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