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「さァ買った買った!今だけタイムセールの卸したて鮮魚がァ!たったの二切れ百五十円!百五十円だァァ!!」

キャアアア!なんですってぇえええ!!!アンタ退きなさいよ!!アンタこそ退きなさいよ!!!
そんな主婦忍達の応酬が耳に届いて、思わず身震いをした。いつ来ても恐ろしい…!あんな合戦の中に飛び込める能力が全く無い私には二切れ百五十円の鮮魚なんて夢のまた夢だ。堅実に妥当な値段の鮮魚を見ていると、同じように主婦忍の応酬を聞いたのか日和ちゃんが溜息を吐いていた。

「…凄いわね、あんな勢いで食材を手に入れなきゃいけないなんて」
「うん…私には無理だよ…」
「間違いなく死ぬと思うわ」
「私もそう思う…あ、キヨミおじさんこのサーモンみたいなのください」
「あいよー、さーもんてどんな魚だい、名前ちゃん」

人の好い笑みを浮かべながらキヨミおじさんが魚を包んで渡してくれる。魚を受け取ってからお金を渡しながらこれとそっくりな魚です、と返して次の目的の八百屋さんに向かった。

「それにしても珍しいね、三人とも同じ日にお休み貰えるなんて」
「それなりに考慮して貰ってるのよ」
「そっかぁ…蒼と佳鹿くん、もうキノコとか無事に買ってくれたかな」
「佳鹿が居るから平気じゃない?」

それもそうか、と思いながらそうだといいなぁ、と返して今週の献立に必要なものの買い漏らしが無いか思い返す。多分平気だと思うけど、絶対何かしら忘れるんだよなぁ私。先週なんてたっかい肉と言うメインのものを忘れたし。もう少しで無くなりそうだったお米は最初に蒼が居てくれたお陰でタイムセールで安くなってたものを買えて、調味料なんかはまだ大丈夫だった。飲料はお米買ってる間に佳鹿くんが買ってくれたし。…よし、今回は大丈夫そう。

「あ、もう買い終わってたみたい」
「早いな二人とも!主夫向いてそうだなぁ」
「それ言ったら蒼にしごかれるわよ」

日和ちゃんの声に顔を上げると八百屋さんから少し離れた場所にある木の下に佳鹿くんと蒼が居た。手を振ってみるとこっちに気付いた佳鹿くんが片手を上げて返してくれた。

「お疲れさん、無事に済んだみてーだな」
「佳鹿くん達もお疲れ様、何事もなく済んだよ」
「私と居ると何もないからつまらないわ」

本当に残念。そう言いながら日和ちゃんも木の下で腰を降ろした。私は鮮魚を持ってるから座る訳にはいかない。立ったまま木に凭れている蒼の隣に行くと一瞬驚かれたような顔をされた。本当に一瞬だったけど見えてしまった事を隠して、澄ました顔のままで居ると小さく息を吐いた後にぽつりと蒼が呟いた。

「主夫になる気はねェよ」
「あ、聞こえてたんだ」

向いてると思うんだけどなぁ、と続けて言うと御免被る、と更に否定された。その言葉の後にサラサラと吹いていた風が強まって、ビュウ、と吹き抜けていった。咄嗟に毛先を手で押さえる。意外と口の中に入ると厄介なんだよ、自分の髪って!長めに吹く風に耐えていると、不意に私の横っ面に何かがバサッと音を立てて引っ掛かった。軽く勢いがあったから少し痛い!て言うか何!?何が引っ掛かったの!!?驚いて思わず髪から手を離して引っ掛かったモノを取って、視線を落とすと右手にはハンカチが収まっていた。

「びびびびっくりしたあああ!ハンカチか!ああびっくりした!驚いた!」
「風、強かったものね。あの少し先に居るお婆さまじゃない?」
「キョロキョロしてるからそうかも…て言うか佳鹿くんそんなに笑いたいなら堪えなくていいから笑ってよ!!」

肩を震わせる佳鹿くんにそう言ってから日和ちゃんが教えてくれたお婆さんの元へ走って行く。困った顔をしながら、オロオロ辺りを見回していた。早く知らせなきゃ!そう思って声を出そうとした瞬間、お婆さんが此方に振り向いた。

「あっ、そこのお嬢さん!」
「ーー!」

お婆さんの顔を見た、のは覚えてる。けど次の瞬間には何時の間にか後ろに居た蒼に右手首を引かれてて、一瞬でお婆さんに背を向ける形になっていた。蒼に握られたままの右手は胸元にあって、ふと違和感を感じて視線を落とすと、そこにあった筈のハンカチは消えていて、

「何も言わずに、そのまま手ェ繋げ。後ろは振り返るな。あいつ等んとこに戻るぞ。婆さん、一瞬ハンカチが見えたんだろうな。こっちを見てる」

言われた内容を理解して、小さく頷いて見せてから蒼の言う通りに手を繋いで、お婆さんの方には振り向かずに木の下で胸を撫で下ろしてる日和ちゃんと佳鹿くんの元へ戻った。それから何も言わずに、三人とも直ぐに買ったものを持って隠れ家へ向かった。

その間、私は一言も言葉を発さずに俯いたままだった。隠れ家に着いてからも治らない私のそれに怪訝な顔をして日和ちゃんに体調が優れないのかとか聞かれたけど、そうじゃないよと返したけど何か言いたげな顔をされてしまった。今日は早く寝てしまった方がいいと直感的に感じて、申し訳無いけど今日はレトルトで済ませてくれと三人に頼んで、自分の部屋に引き篭もった。
部屋に入る前に日和ちゃんに呼び止められたけど、とても今は誰かと話が出来る気分じゃなかった。モソモソ布団の中に潜って、もう一度お婆さんの顔を思い出す。直ぐに浮かんだその顔は、私が良く見知っていた人の顔と同じ顔で。

「佐倉、おばさんと、同じ顔…」

思わず呟いてしまった。情けない事に私の声は震えていて、口元を手の平で覆った。声に出した佐倉おばさんは、私の元居た世界…日本に居た、私が暮らすアパートの大家さん。少し膝が悪くて歩くのが辛そうなんだけど、それ意外はとても健康な人。田舎から出て来た私を心配して、本当の娘の様に面倒を見てくれてた。私の事をお嬢さんと呼んで、優しく笑ってくれる。佐倉おばさんの作る肉じゃがが本当に美味しくて、レシピを教わろうとしたけど…それを教わる前に、私はこっち側の世界に来てしまった。

…此処に佐倉おばさんがいる、って事…?でも、そしたらおばさんも、私と同じように監視されているって事?いや、おばさんは頭がいいから普通にこの世界に馴染んだのかもしれない。だって私の事をを見て、おばさんは「お嬢さん」って呼んだ。驚いてしまったけど、声もおばさんそっくりだった。こっち側に来て一ヶ月が経とうとしてるけど、それまでに元居た世界の人と出会った事なんで無かった。そりゃワザと周りを気にして、本当は元居た世界なんじゃないかって疑った事もあったけど。全く知らない、見覚えの無い人達に何時の間にかその疑いも無くなった。それなのに、

「なんで、居るの…?」

呟いた私の声は、行き場を失くして消えた。





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こっからちょっと急展開^o^
あくまでも佐倉さんは佐倉さんであって、サクラとの繋がりは何にもありません^o^
131113




bkm
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