梓君は優しかった。私の体をすごく大事にしてくれているのが分かった。私が怖いと言う度に行為を中断してぎゅうっと抱き締めてくれた。私の痛みを耐える声に気付いては唇を塞いで気を逸らそうとしてくれた。きっと苦しかったと思う。面倒でもあったと思う。それでも根気強く彼は付き合ってくれた。私の声が甘く別なものに変わるまで、ゆっくりと行為を続けた。私は身体を這う彼の掌によって熱に浮かされながら、脳のずっと奥、この行為をひんやりとした目で俯瞰している自分自身がいることに気付いていた。そして言うのだ。これでもう何にもなくなっちゃったね、と。

 ねえ梓君、私、もう君にあげられるものが何にも無くなっちゃったよ。初めての恋も、初めてのキスも、初めてのセックスも、もう私が持っていたものぜんぶ、君にあげちゃったよ。心も身体もぜんぶあげちゃったよ。私にはあと何が残ってる? 私にたくさんのものを与えてくれる君に私は何を返せるの? 両手いっぱいの、ううん両手にも収まりきらないくらいの恋と愛で私を抱いてくれる梓君に、不器用でもう何も持たない私なんか、これからも好きでいてもらえたりしないよ。どうしよう。何にもない。私、何にもないよ梓君。

 大学生になるまで、ずっとするのをいやがってたのはね、何にもなくなるのがいやだったからなの。私が持つ、たった一つの君に対するアドバンテージ。梓君。世界にはたくさん女の子がいるの。私よりもずっとたくさんのきらめきを持った女の子たち。私は自信がないよ。そのたった一つの私の純性を失うことが、同じようにきらめきの中で生きる梓君を失うことに繋がりそうで怖かったんだよ。

 梓君。私は綺麗じゃないよ。君に恋をして醜くなってしまったよ。処女なんてものを大事に仕舞って君にちらつかせて、そして君をつなぎ止めておきたいと思うようなずるいおんなになってしまったの。そして私は今それを失った。私にはもう何も残ってない。ねえどうしよう梓君。君が私を好きじゃなくなるなんていやだよ。君の傍にいられなくなるなんていやだよ。いや、いやなの。そんなのいやだよ。でもぜんぶを君にあげてしまった私がそんなこと、告げられるはずもない。

「……っ、先輩」

 思わず溢れた涙を見て、梓君が狼狽している。私は焦ってその涙を拭った。幸せいっぱいでいなくちゃいけなかったのに。私達はようやく初めて結ばれた恋人同士なのだから、こんな、こんな風に泣き出しちゃ、梓君が困っちゃうよ。梓君ごめんなさい。ごめんね、ごめんね。梓君。困らせてごめんなさい。

 何も言わずに抱き締めてくれる梓君に、私は謝り続けることしかできない。理由を聞かれないことと、泣き止むことを求められないことに、私は少しだけ安堵していた。





接触と非接触の隙間

(とどけたくないから何も言えない)