痛かったのか、苦しかったのか、やっぱり嫌だったのか。大学生になって初めてセックスをした後、僕の可愛い先輩はわっと泣き出してしまった。している最中は時折顔を歪めたことはあっても涙を浮かべることなかったのに、終わって少しゆっくりして、何も言わずに彼女の頭を撫でていたその時、唐突に。何の前触れもなく、熱に浮かされていた丸いひとみが突然冷静さを取り戻し、そして途端に目尻からじんわりと熱を持った雫が、彼女を抱き締めていた僕の腕に落ちてきた。僕がきょとんと彼女のその涙を見ているうちにまたひとつふたつと涙は零れて、しまいにはしずかな筋となって彼女の頬を伝った。ほんの一瞬の出来事だった。

幸福を隙間なくまぶした空気は一気に霧散して、僕はガンと木槌で頭を殴られたような衝撃と共に彼女をきつく抱き締めた。どうして彼女は泣くのだろう。どうしてごめんなさいごめんねあずさくんと繰り返すのだろう。彼女が僕を呼ぶとき特別な響きを持つはずの「梓」が、どうしてこんなにも悲しく響くのだろう。彼女は語らず、ただ謝るだけだ。そしてその謝罪は自分が突然泣き出したことに対するものであって、涙の理由を明かすものではなかった。僕の唇はこんなときばかりは役立たずで、彼女を泣きやませるための言葉を何一つ言ってくれやしない。

 ぼろぼろと泣き続ける先輩を痛いくらい抱き締めて、僕は途方に暮れている。強情な先輩はけして何も語らない。きっと泣き止んでからも言わないだろう。今日の涙はそういう涙だ。もう何年も付き合っているんだからそれくらいは分かる。けれど、それでも僕は先輩が泣き出した理由とそれを止める術を知らない。どうして泣くんですか。何が悲しいんですか。どうして何も言わないんですか。責めるような言葉が頭に浮かぶ。泣き続ける彼女に向かって口にする勇気は無かった。

 先輩。先輩。僕の大切な先輩。泣いてもいいです。けれど何があなたをそれほどまでに苦しめるのか僕にはさっぱり分からないんです。何故なら人は語り合わなければ理解し合えないから。いや語り合ったって理解できない可能性の方が高い。僕達は皮膚によって隔たれてしまっているから、どれだけ言葉を尽くしても体を繋げても本質的には隔たれているから。ねえ先輩、それでも僕は寄り添うことを選んだんです。あなたの傍にいたいんです。僕はあなたが良い。あなたじゃなくちゃだめなんです。どうやったら伝わりますか。どんな言葉と行為を尽くせばあなたに伝わりますか。この体温の行き着く場所はあなただけなんです。どうやったらあなたに届きますか。

「……」

 口を開いても何の言葉も出て来ない。中が乾いていくだけだ。僕の唇は役立たずのまま、何一つ先輩に告げることができない。伝えたいことがたくさんあって、だから出来る限り言葉を尽くすべきなのに、言いたいことが溢れすぎて、そして何より言葉なんかじゃ足りなくて、僕の唇は沈黙以外の選択肢を見失う。

 でもセックスなんかじゃ何も伝わらなかった。言葉も体温も、結局は役立たずだ。







とどかないならとどくまで言うよ

( 接触と非接触の隙間 )