→きみ攻略マニュアル

 彼女との身長差はそれ程大きくないが、しかしあからさまに腰を曲げて見上げられれば身長差は開いてしまう。

「……何してるの?」

 じいっと見上げてくる彼女の額を人差し指でツンと突いてみると、彼女は姿勢を元に戻してううんと唸った。

「おかしいです」
「文脈が分からないんだけど」
「芳子さんと兼子さんが、上目遣いで見つめればイチコロだとおっしゃっていたのですが、優希くんは少しもイチコロになりません」

 その発言にこそイチコロだとは言えなかった。この天然め!


→バカ、意識しすぎ

「優希くん、何故眼鏡をかけていらっしゃるのです?」
「え、……ああ、外すの忘れてた。夏休み、実家に帰ったときに作ってきたんだ。最近視力落ちたから」
「初めて見ました。普段はかけないのですか?」
「授業中だけ。今の席だと黒板が見えないんだよね。いつもかけると目が疲れるから、普段は外してる」
「成る程」

 眼鏡を外そうとするその手を留めると、彼はきょとんと目を丸くした。じっと眼鏡姿の優希くんを見つめる。

「……どうしたの?」
「いえ……」
「? 似合わないでしょ」
「いえ、とてもお似合いです」
「なら良いけど。……外していい?」
「外すのですか?」
「だって目が疲れるし」
「む。そうですか……」
「?」

 優希くんは明らかに戸惑っていて、眼鏡を外そうとする手を下ろした。私は私で我が儘を実行しているという自覚がある。優希くんは私を甘やかす。だから私も甘えてしまうのだ。これが恋人同士ということなのだろうか。

「同じクラスでないことを、これほどまでに残念に思ったのは初めてです」

 私の恋人はこんなにも魅力的だっただろうか。魅力的だということは知っていたが、それでも改めてそう感じて、思わずほろりと言葉を零した。優希くんはそれを聞いて、眼鏡をかけたまま、ポンと私の頭を撫でる。柔らかく細められた視線が眼鏡の奥から覗く。

「俺はいつもそう思ってるけど」

 優希くんはカチャリと音を立てて眼鏡を外して、私にそっとかけた。軽くくらりと揺らぐ視界の中で彼は恥ずかしげに笑って、君も似合うね、と言った。眼鏡をかけていなくても、私の恋人はとても魅力的だ。