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 紅莉栖は、後ろから抱きしめられるのが好きらしい。確かに正面から抱きしめ合うよりも、背中から抱きしめる方がぴったりと体の線が重なるように思う。隙間ひとつなく、彼女の背中に自分の体がくっついている。岡部はまるで椅子にでもなった気分だった。彼女の形に合わせて、前後ろに自在に動く人間椅子である。

「……お、岡部」
「何だ」
「さ、さわってる」

 けれど接触面が多いということは、安堵にも羞恥にも繋がる。岡部の腕は自然と紅莉栖の腰を支えるように回されており、気付けば指先が紅莉栖の脚に触れていた。ほんの少し、指先が、そのつめが、やんわりと紅莉栖の脚を突いていた。

「何か問題があるのか?」
「くすぐったい、から」

 指を払いのけて、紅莉栖は岡部の手をそっと掬いあげる。それをどうするかしばらく悩んだ後、そのままきゅっと掴んでおいた。離せばまたいたずらに体を触ってくるかもしれないと思ったからだった。髪の隙間に鼻を突っ込んで、岡部はすんすんと匂いを嗅いでいる。犬みたいだと思った。行儀の悪い大型犬である。

 紅莉栖は、岡部のその仕草があまりにもくすぐったくて、わざと手を後頭部へ回して髪を梳いた。岡部は少しだけ顔を離した。邪魔されて少しむくれた。お返しのように抱きしめる力を強くすると、いたい、と紅莉栖が抗議の声を上げる。

「紅莉栖」

 人間椅子はすっかり焦れてしまって、腕の中に抱き込んだ女の子ごと、ずるずる前かがみに倒れて行った。待って待ってと慌てる紅莉栖をそのままぽすんと布団の上に落とすと、長い髪がふんわり広がった。それを手で押さえつけないように少し払ってから、紅莉栖の顔の横に両手を置いた。紅莉栖は顔を上げず、布団に顔を押しつけていた。

「もう、何なのよ」
「何がだ?」
「あんたのスイッチってどこにあるの?」

 突然強引になるから困る。紅莉栖ははんぶんだけ顔を上げて岡部を睨みつけた。岡部は紅莉栖の、薄っぺらいTシャツに包まれた背中をじっと見た。この布の下にある、まろやかな女性の体が岡部はとても好きだった。もうセックスという単語を考えると自然に彼女の姿が思い浮かぶくらいだった。岡部にとって紅莉栖は、自分の持つ「男」という性に対義語の「女」の象徴であった。

「やだ、岡部」

 形ばかりの抵抗には知らんぷりをする。白い腹や、まるい胸や、細い肩を見た。どこを見ても、前見たときとは違う気がした。

「……喋ってよ。あんた、こういうときばっかり無口になって」

 だって、何を喋ればいいのか分からないんだ。そんなことを言えば馬鹿にされてしまう気がしたから、岡部は黙って紅莉栖の背中に舌を這わせた。肩甲骨のかたちを確かめるように、じっくりと舐めた。紅莉栖が逃げるように体を逸らそうとしたので、腕を押さえつけて動かないようにした。

「ちょっと! 岡部、やだ」

 肘の関節に、二の腕に、肩に、必死に閉じようとする腕のそのすきまに、ぐりと無理やり舌をねじこませた。汗の味がした。くるりと舌に包んで舐めてみても汗の味しかしなかった。

「もう、馬鹿、やめて」

 顔を真っ赤にして、振り払おうと紅莉栖は暴れた。

「何でそんなとこ舐めるのよ、馬鹿」

 振り向きかけた紅莉栖の頬を、今度は撫でて、覆うように舐めた。舐めたいのはそんなところ、ではなくて、ぜんぶだ、と言ったら、紅莉栖はどんな顔をするだろうと岡部は思った。
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