::骨に呼ばれる



 体が、小さいからである。ぎゅうっと正面から抱きしめても、その背中が見えてしまう。抱き合うときはいつも、お互いの肩に顎を載せて、しばらく、じっとしている。時折ひく、と紅莉栖が喉を鳴らす。苦しげに体を動かそうとするのを、力任せに押しとどめた。

「前、すぐに」
「……ん」
「すぐに動かすなと、言ったのは、お前だろうが」

 体から、なだらかに浮きあがった肩甲骨に、指を滑らせる。紅莉栖は、息を詰めて、背に回す腕の力を強くする。とんがった女の子の爪が、痛むほどに皮膚に食い込んだ。は、う、と苦しげに鼻から息を漏らしながら、紅莉栖はゆるゆると頭を横に振る。

 耳の奥に、吐息のまじった小さな声が響く。顔が見たかった。こいつはどんな顔をしてこんなことを言うんだ。バカヤロウ。けれど紅莉栖はしっかりと、男の体にしがみついて離れない。背に爪を立てて、ぎゅうっと抱きついて、

「私の、」

 と囁き、紅莉栖はうふふと幸福そうに笑う。好きにすればいい、と思った。お前のものにならなってもいいよ、なんて、そんなことはけして言わないけれど。


   ***


 岡部のおなかには、大きな、ひきつったような傷跡がある。治るまで一カ月くらいかかったと言う。例え目で見なくとも指で触れば、そこだけ皮膚の質が違うことが分かる。傷のあるその部分だけ、とても皮膚が薄いのである。

「っ、紅莉栖」

 くしゃりと、前髪をどけるようにかき上げられて、私は顔を上げる。いつもよりもずっと低い位置から、岡部を見上げた。薄い腹、薄い胸、どこからどこまでもひょろっちい癖に、抱きしめられると腕の力の強さや、肩幅の広さにおののいてしまう。どきどきしてしまう。だから抱かないでほしいと思うと同時に、もっと抱きしめて離さないでほしいとも思う。

 私は、ごつりと、皮膚を押し出すように浮かんだ腰骨に、指を這わせた。指のはらで、じっくりとその突起を撫でて、少しだけ体を浮かすと、その骨に歯を立てた。こり、と皮膚がずれて、歯の痕が赤く残る。

「……悪趣味だぞ」
「あんたこそ」

 良く私のことかむくせに。そう言うと、身に覚えのあるらしい岡部は、ぐっと黙り込んだ。私は気分をよくして、調子に乗って、歯型の残ったその部分を舌で舐めた。ちょっと塩辛い、汗の味がした。ひりひりと舌が麻痺したみたいに感じた。

 くりす、と名前を呼ばれる。肩を掴んで起こされて、その腕の中に抱き込まれる。耳元に荒い息の音がする。それとは逆に、私は息もできないくらい強く抱きしめられながら、探るように岡部の腹に指を伸ばして、その傷にふれた。

「岡部、すき」

 この場にふさわしい艶っぽさがあるのに、どこか幼い響きを伴って、その言葉はほろり、と口からこぼれていく。

 私は、どうしようもなく、この人が好きだった。

「……すき」


 私の指がなぞるこの傷の向こう側には、どれだけ、私の知らない岡部がいるのだろう。知りたくて、知り尽くしてしまいたかった。だから私は、彼が、ぐいとのしかかってくるのを許容するのである。
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