::セーラー服と学ラン



「……」
「どうしたの? 紅莉栖ちゃん」
「え、いや、何でもないわよまゆり」
「まじまじとまゆりを見ておったではないか、クリスティーナ」
「誰がクリスティーナだ!」
「牧瀬氏もついにセーラー服萌えに目覚めたんだお……」
「黙れ橋田。そうじゃなくて……、その、私、ブレザーしか着たことないから、セーラーも着てみたかったな、なんて」
「アメリカの学校じゃ制服はなかったのー?」
「私服だったわ。それにほとんど飛び級しちゃったから、もし制服だったとしても着る機会は少なかったと思うし」
「……」
「まゆり? どうかしたの、考え込んだりして」
「ふふふー、まゆしぃは良いことを思いついたのです」
「何だ?」
「学生服パーティーを開催したいと思いまーす!」


   ***


 後日まゆりの一声によって、メンバーは自分の制服を持ち寄ってラボに集まることになった。

「うちの制服をここまで着こなすとは……。クーニャン、恐ろしい子!」
「紅莉栖ちゃんは後でまゆしぃのセーラーも着てね? ね?」
「え、ええ。まゆりも私の服、似合ってるわね……」
「えへへーそうかなー?」
「……ちょっと胸が苦しそうだけど」
「みなさんとっても似合ってます!」
「漆原さんは、学ラン……なのね……」
「えっと、はい。学校だとこの格好です」

 お互いの格好を褒め合う女子(?)組に対して、

「るか氏の学ランの似合わなさは異常」
「……それには激しく同意だ、ダル」
「それにしてもフェイリスたんのセーラー服ハアハア」
「撮るなら隠し撮りではなく許可を貰えよ」
「もちろんだお。紳士ですから! 印刷してバックアップ取った後に携帯の待ち受けにケテーイ」

 久々に学生服に腕を通した男子組は、女子のあまりのテンションの高さについていけず、ラボの隅でこぢんまりと体育座りをしていた。こういうときの女子のはしゃぎっぷりに、男が口を挟むと碌なことがないのだ。

「さっそく写真を撮るニャン!」
「あ、フェリスちゃん撮って撮ってー」
「フェイリスさん、ボクが撮りますよ」
「駄目ニャ! ほらほら三人とも並ぶニャ」
「え、でも、ボク学ランだし……」
「漆原さんは真ん中ね、ほら!」
「えへへーるかくんをサンドしちゃうぞー!」
「わわわ、」
「素晴らしいアングルニャ!」
 
 フェイリスが携帯電話のカメラを向けると、るかを真ん中にして紅莉栖とまゆりがカメラに目線を向ける。るかは二人に挟まれて少し恥ずかしそうにしながら、控え目にピースサインを作った。

「これは良い百合!」
「ルカ子の学ランが尚更浮くな……」
「るか氏もセーラー着ればいいんだお」
「制服の数が足りないそうだ」
「ダルくんとオカリンも混ざろうよー」

 ひとしきり撮り終わって満足したのか、まゆりは隅っこで完全に傍観者となっていたダルと岡部に手招きをする。

「ダルニャン、デジカメがあるならタイマーで集合写真を撮るニャン!」
「セーラーフェイリスたんの仰せのままに!」
「オカリンこっちこっちー」

 久々に学ランに腕を通すと、何となく具合が悪かった。何というか、気分はもうほとんどコスプレだ。まゆりは紅莉栖の制服の袖を随分余らせていて、ダボダボの袖をぶんぶんと振っている。仕方なく近づくと、

「ぶっ」
「笑うなクリスティーナ!」

 耐えられない、とばかりに紅莉栖は腹を抱えて笑いだした。

「だ、だって……! あは、ふ、やっぱ駄目こっち向かないで。似合わなすぎよ岡部! あははははは! 学生服着るといっそう老け顔が目立つ!」
「くっ……!」
「オカリン、大丈夫だよ。コスプレだと思えば何も恥ずかしくないよ」
「まゆ氏、それフォローじゃないお……」

 ばんばんと床を叩いて紅莉栖は大笑いし続けている。何だお前躁状態にも程があるぞ! 岡部がそう怒鳴る隙すらなく、彼女はころころと笑い転げていた。

「大体助手! お前は年下だというのに礼儀がなっておらん」
「あはは、何であんた相手に礼儀が必要なのよ。イミフ」
「アメリカではどうか知らんが、日本の年功序列を侮るな! 年齢が一つ違うだけで後輩は先輩の下僕となり、敬語を使いこびへつらい、昼休みには購買の焼きそばパンを入手するためだけに廊下をダッシュせねばならんのだぞ」
「へーそうなんだ? ……ふ、あはッ」
「だーかーらーァ! 笑うなと言っておろう! 本来ならばお前は俺に対して、敬意と畏怖をこめ、『岡部先輩』と呼ぶべきであって」
「あははははは!」
「ダァーー!!」

 紅莉栖はひとしきり笑うと、笑いすぎて浮かんだ涙を拭いながら立ち上がった。岡部は笑い物にされてすっかり不機嫌になり、むすっとした顔でそっぽを向いている。

「キョーマ、案外似合ってるのに、クーニャンは爆笑ニャ」
「紅莉栖ちゃん楽しそうだね。良かったー」
「リア充爆発しろ。……よし、タイマーセットしたお」
「さあ、皆並ぶニャ!」
「おいルカ子、そこだとはみ出すだろう。もっと内側に寄れ」
「えっ、あっ。は、はい……」
「ちょっと岡部! 何どさくさにまぎれて漆原さんにセクハラしてんのよ!」
「何がセクハラだ! こいつは男だろうが!」
「手つきがいやらしいわ。漆原さん、あんまりそいつに近づいちゃダメよ」
「えっと、はい……」
「ルカ子も素直に頷くでない!」
「ご、ごめんなさい……!」
「もう、二人ともるかくんを挟んで喧嘩しちゃだめだよー、るかくんが可哀想」
「夫婦喧嘩ならよそでやるニャ」
「「誰と誰が夫婦だ!」」
「どう見ても夫婦です本当にありがとうございました」


   ***


「……」
「漆原さん、どうかしたの?」
「あ、えっと……やっぱり、何でもないです」
「どうした、ルカ子よ。もったいぶらずに言うといい」
「るかくんどうしたの? まゆしぃの顔に何かついてる?」
「ううん……あのね……、ま、牧瀬さんの制服なら、ホットパンツだし、ボクにも着れるかな、なんて……」
「! るかくん!」
「ま、まゆりちゃん?」
「今すぐまゆしぃが脱ぐから着よう! るかくん!」
「え、ええええ」
「るかくんの紅莉栖ちゃんコス! これは必見だよー」
「そうね、そろそろ衣装交換しましょうか」
「ならフェイリスが学ランを着るニャン! これは新しい萌えの追求になるニャ……!」
「フェイリスたんのブカブカ学ランキター! シャッターチャンス! シャッターチャンス!」
「じゃあ紅莉栖ちゃんはまゆしぃのセーラー着てね」
「オーケー。じゃあまゆりはフェイリスさんの制服ね」
「衣装チェンジ開始ニャ!」
「というわけで」

 くるり、と紅莉栖は振り向き、にっこり微笑むと扉を指さした。

「出て行きなさい。男子ども」

 テンションの高い女子組に逆らえるはずもなく、岡部とダルはすごすごとラボの外へ向かう。バタン、と扉が閉められると、中からは一層楽しげな声が聞こえてくる。

「さーるかくん、お着替えしようかー」
「ま、まゆりちゃん。ボク自分で着られるから……!」
「ストッキングは履くのにコツがいるニャン。フェイリスがお手伝いするニャ」
「や、やめてー!」
「……ソーキュート……」

 岡部はぐったりとうなだれ、ダルはぴったりと壁に耳を当てて一音も漏らすまいと真剣な目をしていた。見つかったら犯罪だぞ。岡部がそう言うと、今なら捕まっても本望だお、と真顔で返される。

「まあ、楽しそうで何よりだ」
「主語は?」
「……ラボメンガールズが、だ」
「ツンデレ乙」


   ***


 飲み物を買いに行くというダル(なんと学生服のままでだ。あいつには羞恥心が無いのか)を見送って、岡部は屋上まで上ってきた。

「全く、あの賑わいは何なんだ……」

 女子のパワーを思い知った気がする。岡部はぐったりとベンチに腰かけた。「学生服パーティー」を始めたのは昼間だったはずなのに、いつの間にか日が暮れそうにまでなっている。

 しかし、不思議と充足感があった、今日一日、紅莉栖はころころと普通の女子高生のように笑い転げていた。親との不仲、アメリカへの留学と研究所での生活。彼女の学生時代は「普通」とは言い難い。こんな風に同年代の友人達と、くだらない事をして過ごした時間もそれほど多くはないだろう。今日一日が良い思い出として彼女の中に残ってくれれば、と岡部は思った。

「岡部」

 キイ、と屋上の扉が開く。岡部は顔を上げてそちらを見ると、目を丸くした。

「……何よ、似合わない?」

 まじまじと見ていたのが気に障ったのか、紅莉栖はむっとして腕を組んだ。彼女はまゆりのセーラー服に袖を通して、低い位置で髪を二つに結んでいた。フェイリスのように高い位置で結ばないのが、何となく彼女らしいな、と思った。

「ポニーテールの方が好みだな」
「バーカ」

 紅莉栖はつかつかと近づいてきて、岡部の隣に座った。ひらりとスカートが翻り、日に焼けていない白い脚が一瞬だけ視界に入る。

 紅莉栖はしばらく自分の髪をつまんで毛先をいじっていたが、うん、とひとつ頷いて髪をほどくと、

「別に、あんたの為じゃないからね! ポニーテールの方が首元涼しいから、そうするだけだから」

 髪をひとつにまとめて、頭の高い位置で結び直した。腕を上げたせいでちらりとわき腹が覗いて、岡部は思わず目を逸らす。違和感は無いものの、紅莉栖の方が少しだけ身長が高いから、まゆりのセーラー服は彼女にはやや小さいようだった。

 ふるふると首を振って、軽く整えてから紅莉栖はこちらを向いた。高い位置で髪が結ばれると、紅莉栖のすっきりとした顎がいっそう際立って見える。

「ふむ、似合う」

 嫌み一つ言う余裕もなくそう言うと、紅莉栖はプイとそっぽを向いた。どうやら恥ずかしさは拭えないらしく、耳まで真っ赤になっている。意外と可愛いところもあるではないか、と思ったものの、そこまで白状する気にはなれず、岡部は黙りこんだ。

「他の奴らはどうした」
「ラボは漆原さんのコスプレ大会に移行しました。私は休憩」

 紅莉栖はふふ、と思い出し笑いをした。背伸びをして肩の筋肉をほぐすと、今日一日の楽しさがふわふわと浮かんでくるようだ。

「今日は楽しかった。制服だけであんなにはしゃげるなんて思わなかった」
「そうか、良かったな」
「あんたの学生服姿も見れたし」
「もう笑うなよ」
「さすがに笑わないわよ。でも……」

 紅莉栖はベンチから立ち上がると、まじまじと岡部を見た。岡部はまた笑われるのではないかとやや不機嫌そうな顔をしていたが、紅莉栖は予想と違って、ただじっと岡部を見ている。

「……何だ」

 視線に耐えきれず、岡部が問いかける。紅莉栖ははっと気付くと、顔を赤らめて顔を背けた。

「べ、別に見惚れてたわけじゃ」
「見惚れてたのか?」
「違うって言ってるでしょ! ただ」
「何だ?」
「……もし留学してなかったら、こうやって岡部と、制服姿で並んで学校に通うこともあったのかなって。まあ、ありえないけど」

 「叶わないことを色々言ってみてもね」と紅莉栖は肩をすくめてみせる。

「そうだ、私あんたを呼びに来たんだった」
「何だ? ルカ子のコスプレ会になったんじゃなかったのか?」
「写真を撮ってほしいのよ。橋田もあんたもいないと皆で写真が撮れないから」
「俺はカメラマンか」
「カメラマンっていうかパシリね」

 ほら立って立って、と促され、岡部は渋々立ち上がった。まあ、今日一日くらい付き合ってやるか、と覚悟を決める。紅莉栖が楽しそうだから、こんな休日も悪くはないだろう。

「……岡部」
「ん? 何だ。助手」

 歩き出した岡部を邪魔するように、きゅ、と弱い力が引きとめる。紅莉栖は岡部の学ランの裾を、遠慮がちに親指と人差し指でつまんでいた。

 うつむいて顔を真っ赤にして、紅莉栖は何かを言おうとぱくぱくと口を開いたり閉じたりしていた。岡部は首をかしげて、紅莉栖の方を振り向く。

「どうした、紅莉栖」

 名前を呼んでやると、紅莉栖はばっと勢いよく顔を上げた、それから視線を左、右とさまよわせてから、意を決したように岡部をまっすぐに見る。

「……お、」
「お?」

 かたちの良い小さなくちびるが、ふるり、と震えた。恥ずかしそうに眉を寄せて困った顔をしているから、伏せた長い睫毛が、赤くなった頬にうっすらと影を落としている。たっぷりとためらったのちに、聞こえるか聞こえないか、まるで吐息を溶かしたような小さな声で、紅莉栖は告げた。

「岡部、せんぱい……」


   ***


「ただいまだお。あれ、オカリンと牧瀬氏は?」
「ダルくんお帰りー」
「お、おかえりなさい……」
「ダルニャンおかえりニャ。二人は今ラブラブ中ニャ」
「リア充末永く爆発しろ」

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