::ラブリー



 ガヤガヤと賑わうラボの中。紅莉栖が帰ってきたことでラボは一気に宴会へなだれみ、テーブルの上にはごちゃごちゃと料理が並んでいる。岡部は手持ち無沙汰にぼんやりとその光景を眺めていた。

 別にラボメンの皆で過ごすことが嫌というわけではない。紅莉栖も久々に皆に会えて嬉しいだろう。しかし、しかしである。少しくらい二人で話したいと考えても罰は当たらないと思う。

「岡部、どうしたのよ」

 皆の輪から抜けて、紅莉栖が近づいてくる。岡部の隣に腰をおろして、手に持ったプラスチックのカップを差し出した。中には予想通りのドクターペッパー。お前もジャンキーだな。笑って言うと、ならあげない、と取り上げられる。

「俺に持ってきたんじゃないのか!」
「別に私が飲んでもいいでしょ。私が持ってきたんだから。……なんか暑いわね」
「人口密度が高いからな。上着でも脱いだらどうだ」
「そうね」

 プライドの高い紅莉栖は、けして他人のいる場所では岡部に甘えたりしない。「恋人」の顔をするのは絶対に二人きりのときだけだ。だから会話もドライで、座っても一歩分の距離がある。友人であったときと表面的には何も変化がない。

 仕方がない。ラボメンの皆で過ごす時間も大切だ。二人になりたいと思うのは自分の我儘だ。我慢だ我慢。岡部は自分に言い聞かせる。

 悶々と欲求に耐えていると、ぴた、と何かが指に当たった。少し水に濡れている。岡部がその方に目を向けると、細い指が岡部の中指をそっとつまんでいた。

「……助手」
「な、何よ」

 紅莉栖の上着が二人の間にあって、正面にいるラボメンには、二人の手の様子は分からないだろう。わざわざ岡部がいる側に持っていたカップを持ち替えてから伸ばされた指は、結露によって冷やされてひんやりとしていた。細いしなやかな指が、くすぐったいくらいにやわらかい力で岡部の指を掴んでいる。

 その指は当然ながら紅莉栖のもので、指、腕、肩、顔までたどると、紅莉栖は真っ赤になってうつむいていた。

 ……今すぐに抱きしめて、思いっきりキスをしてやりたい。こいつは分かってやってるのか。だとしたらひどい小悪魔だ。このやろう!

 わあわあ喚きたくなるのを抑えてから、岡部は半歩だけ横にずれて紅莉栖に近づく。そのどさくさに彼女の指の隙間に自分の指を通して、少しだけ力をこめてやった。肌の擦れ合う感覚のせいで、鼓動が速くなるのを感じる。

 皆のいる場所で、ばれないようにこっそりと手を繋いでいる。紅莉栖の手は冷たさを無くしていって、岡部の手から伝わった熱でじわじわと汗ばんでいく。

「お、岡部」
「うろたえるな。皆にばれるぞ」
「えっ、あ、……うん」

 きゅ、と優しく握り返される。細い爪が手の甲を軽くひっかいて、さっきよりもずっとくすぐったかった。

「爪が長いぞ、クリスティーナ」
「う、うるさいな。後で切るわよ」
「そうか。ならば夜までに頼む」

 含みを混めた岡部の言葉に、紅莉栖はきょとんとする。しかしすぐにその意味に気付いて「ばか」と言った。



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