ジェフは、トニーが自分を好いていることを知っていた。それが友愛ではなく、恋であることも合わせて知っていた。それは自惚れなどではなく、もう確信だった。

 長いこと世間一般と隔離されて寄宿舎で勉学に励んでいたから、ジェフはそういった色恋沙汰にはとんと縁がなかった。何度も何度も、まさか、そんなはずがない、僕はばかじゃないのか、なんて唸ったりしたけれど、実験で一緒になった同級生が、なあ知ってたか、トニーってお前のこと好きなんだぜ、とからかい口調で不粋な告げ口をしてくれたせいで、ジェフはもう逃げ出せなくなった。ジェフができるのはもはや、トニーの恋心に必死で知らん顔することだけだった。

 ジェフにとって、トニーはかけがえのない友人だった。トニーに言わせれば、大親友だった。同室で、互いに眠れない夜は夜明けまで語り合い、一緒に朝礼に遅刻して反省文を書かされたことだってある。放課後、うっかり図書室で眠りこけてしまい、鍵をかけられて閉じこめられたとき、一番に助けに来てくれたのはトニーだった。

「週の始めの放課後、君は必ず図書館にいるじゃないか。夕飯になっても帰ってこないから心配したよ」

 懐中電灯を手に彼はこちらに手を伸ばした。それが、とても嬉しかった。

 ジェフは大切な友人を失いたくはなかったし、多分それは、トニーも同じだったのだろう。関係性の崩壊を何よりも恐れた。だからトニーは、いつも冗談まじりの笑顔で、何気なく、あっさりと、その言葉を口にする。

「大好きだよ、ジェフ」

 だからジェフも、同じように、ほんのちょっと呆れた風の笑顔で、何気なく、あっさりとそれに返答するのだ。

「もう何回目だい、トニー。僕も君が好きだよ。そんなに何回も言わなくていいよ」

 本当は、もう言わないでくれと言いたかった。まるで幼い子供のままごとに似た無邪気さで口にされる「大好き」という言葉の陰に、ひっそりと、恋に苦しむトニーが見え隠れするからだ。トニーは、実のところジェフに匹敵するほどに聡い少年だ。だから「大親友」を選んだ。「恋人」は選べなかった。そこに至るまでのリスクが大きすぎたからだ。優秀なモーリス校の生徒は、あくまで堅実かつ安全な選択肢を選んだに過ぎない。

 だから、これが一番正しい在り方なのだと、ジェフは自分に言い聞かせた。トニーだって、ここを卒業すれば、当たり前に恋をして、当たり前に結婚する。ジェフを好きだったことなんて若さ故の勘違いに押しやって、普通の人生を生きていく。まだ勘違いなのだ。間違いには至っていない。だからジェフにできるのは、うっかりトニーを間違えさせないことだけだ。ジェフのトニーに対する思いが、友情に過ぎないことを伝え続けるだけだ。

「ねえジェフ」
「何だい?」
「大好きだよ」
「知ってるよ。もう言い飽きない?」
「ジェフは聞き飽きちゃった?」
「そうだね、少し」
「ひどいや!」

 日常の延長として、ジェフとトニーは互いの「友情」を確かめ合う。ジェフは言い聞かせた。これは友情だ。間違えてはいけない。トニーは、大事な親友だ。

「あーあ、僕はこんなにもジェフのことが好きなのに!」

 ジェフは泣きたくなった。その言葉に続きがないことを知っているからだ。そして賢いくせに臆病者のジェフは、「それはどういう意味で?」と、問いかけることができなかった。