白い髪を美しく感じたのはそれが彼女のものだからだったのだろう。彼女の首筋を歯で舌で唇でなぞり吸い付き犯す。彼女の血液が自分の唾液と混ざってぬらりと光った。けれどその光源が月明かりだったせいか、反射光は鈍く精彩を欠く。沖田は塞がりかけた彼女の肌に歯を立て傷口を広げた。やはり少しは痛むのか、彼女はびくりと肩をすくめた。けれど沖田は彼女の腰を抱いてそれを押さえ込む。肉食獣にでもなったようだと、彼は自嘲した。よわくおろかな草食動物を喰らっている気分だ。だが彼女も近々こうなるのかもしれない。今はまだ沖田の指を猫のようにちろちろと舐めるだけで、傷が塞がれば大人しく血を飲むのをやめた彼女も、いつかは。

 そのいつかが遠いことを祈りたいけれど、未来がそう明るくないことも沖田は知っていた。沖田は最高と最悪の両方の結末を想像しながら、彼女の血を舌に載せ、く、と飲み込んだ。……今日ほど、自分の唾液が邪魔だと感じたことはない。彼女の血液に混じりその純潔さを汚してしまう。この口内がすっかり乾いてしまえばいいのに。そうすればこの血液だけが沖田の喉を満たしてくれるだろう。

 もう血の渇きは無くなって、沖田の髪も彼女の髪も元の色を取り戻した。けれど沖田は千鶴の首筋に舌を這わせ、血を舐めとった。歯で無理にこじ開けた傷は存外深かったらしく、沖田の飢えを満たしても尚塞がってはくれなかった。先ほどまでとは違い、早く治れと祈りながら傷口を舐める。彼女の血の味はもう体の芯を震わす甘美なものとして脳に響かず、沖田にはただの血だとしか感じられなかった。それは指先を怪我して血を滲ますそれをぱくりと口に含んだときに飲んだものと同じ、ただの血液だった。だが沖田にはそれがひどく心地良いものに思われる。その感覚こそが自身の中にまだ残る人の部分もたげさせた。

 彼女の傷口が塞がって、沖田はほっと息を吐いた。沖田の唾液が彼女の肌をてからせる。もう赤は混じっていない。

「沖田さん」
「僕はもう大丈夫だよ」
「はい。私も、大丈夫です」

 沖田はこくりと喉を鳴らし、口内に残る千鶴の血の味を飲み込んだ。喉を胃を腸を通り、やがて彼女の血は沖田の血肉となって沖田の中を循環するのだろう。そしてそれは千鶴も同じなのだ。沖田の血が彼女の喉を胃を腸を蹂躙し、彼女の一部となる。

 沖田は、何よりもそれが嬉しかった。

 いつか自分は彼女を置いて死ぬだろう。そうさせる相手が病魔か寿命か薫なのかは、現時点では分からないけれど。諦めるつもりがないのは事実だが、自分が彼女よりも先に死ぬことはもう沖田の中で変えようのない未来として存在している。

 だから沖田は、嬉しかったのだ。彼女の中で、彼女の気付かぬうちに自身が永遠のものとして存在しうることに。そしてまた、それは沖田も同じことだった。沖田の中で彼女が永遠のものとなる。命尽きるまで彼女の血に犯されたままでいられる。

(ああ、なんて)

(なんて、しあわせな)