何度も何度も妹の夢を見る。痛めつけられ出来損ないと罵られた日の夜は特にそうだった。南雲家の薫に対する扱いは人道に反するもので、薫は自らの体を打ちつけられながらその「人道」という言葉を嘲笑した。

(人道? 俺は妹ほどの間抜けになってしまったのか? 俺も、この南雲の家の奴らも、人間なんかじゃない)

 そう、南雲家は鬼の一族だ。雪村家には劣るが鬼の血脈に連なる者達だ。突出した回復力と体力。そして覚醒の際に露わとなる雪の如き白髪と角は彼らが人ではないことを知らしめた。鬼に人道などを期待して、一体どうすると言うのだろう。薫がうっすらと口元を歪めれば、殴られて腫れた頬が痛んだ。

 妹への少しの葛藤さえ除けば、それまでの日々は平穏だった。確かに妹の存在は薫を苛むものだったけれど、薫にとって彼女が必要であったのもまた事実であった。

(千鶴)

 右腕が痺れて動かなかった。骨が折れているのかもしれない。骨折は少しばかり治癒に時間がかかる。南雲家の跡取り息子とその取り巻きは純血の鬼である薫が養子になったことが気にくわないらしく、事あるごとに薫を折檻した。鬼は傷の治りが早いからと相手もお構いなしで、今日のように立ち上がれなくなるまでに暴力を振るわれることもしばしばだった。薫の歳はまだ十に満たない。例え薫が純血の鬼であっても、力ずくで迫られれば華奢な体は抵抗すら許されなかった。

(馬鹿馬鹿しい。南雲の姓など誰が要るものか。俺は雪村薫なんだ。東の鬼の、雪村家だ。近い未来、必ず再興させる。外道の南雲の鬼ども全てを殺してから)

 薫は地面に伏した体を起こし、壁に寄りかかった。薫はいつもこの小さな物置小屋で暴力を受けていた。彼らの気が済むまで殴られ、そうして放置される。怪我が治ればまた同じことをされた。

(ここはまるで地獄だ)

 喉から声を出そうとしてもうまく喋ることができない。咽喉に異物感を感じて咳き込むと、少しだけ呼吸が楽になった。

「ちづる」

 不意にそう漏らして、薫はくつりと皮肉げに笑んだ。全くどうにかしている。絞り出すような声で、最初に呼ぶのがあの憎らしい妹のことだなんて。


「……雪村、を、再興、するときは、むかえにいって、あげる、よ。ね、可愛い妹」


「でも、すぐには、許してなんか、やらない。俺と妹は、双子、なんだから。同じだけ苦しまないと」


「兄さんがちゃんと千鶴に、同じだけの痛みと絶望を、あげるからね」


 ゆっくりと薫は立ち上がる。右腕の痛みはもう消えた。薫を支えるのはもはや、雪村家の再興という夢と、未来の一瞬に対する切望だけだった。

「ああ」

 幼い日、苛立ちに任せて小さな妹を罵り詰った。言い負かされたその一瞬、妹が泣き出す直前に見せる歪んだ表情を薫は思い出す。辛辣な言葉を吐く兄に何かを言い返そうとしながらも、ただそこにあるはっきりとした拒絶に絶望するあの表情を。

「もう一度、あの顔を見せておくれ」

 あのとき感じた恍惚を共に思い出しながら、薫は小屋を出た。月が随分高い位置にある。また明日折檻を受けるかもしれないが、それでも構わないと思う。薫はこの地獄を生き抜くことを決めた。

 今夜はきっと良く眠れるだろう。薫はひとりごちる。


「きっとお前の夢を見るよ」


 世界に絶望して泣き喚くお前の夢をね。