※アフター夏ほんのりネタバレ



 月子は風呂上がりの髪をタオルでぐるんと巻いてアップにして、居間のソファの座るところに背を預けていた。どっかの民族衣装みたいだ。髪も乾かさないで何をやっているんだと覗き込めば、小さく体を折りたたんで体育座りをして、ノートパソコンを広げ何やらパチパチとキーを打っている。

「何調べてんだ?」
「明日行く病院の口コミ調べてる」
「今かよ。もっと早くに調べとけよ」
「だって何だか突然不安になったんだもん」
「ま、お前が納得できるとこが良いだろうな。でも出来るだけ近いところにしろよ?」
「うん、分かってる」

 少し大きめのゆったりしたパジャマから覗く細い指は、弓道をやっていた頃とは違ってどこか弱々しく、はかなげに見えた。今からこんなんで大丈夫かよ、と彼女の不安な気持ちに引きずられそうになってから、これはイカンと頬を叩く。何でもこういうときに夫の裁量が問われるのだと言う。しっかりこいつの不安を支えてやらなければ。

「ほら、まずは髪乾かせよ。まだぽったんぽったん水垂れてるぞ」
「うん……」

 彼女はパソコンに向き合ったまま生返事を返す。俺は仕方ないなとため息をついて、月子の後ろ側に回った。どっかりとソファに腰掛け、月子の頭のタオルを取り払う。

「きゃっ」
「おら、拭いてやるからじっとしてろ」
「もう。これじゃ調べられないよ」
「画面は見えるし、手は動かせる。頭は揺れないように拭いてやるよ」
「……うん」

 長い髪をタオルで挟み、ぱんぱんと軽く叩いて水気を切ってやる。以前自分にするようにしっちゃかめっちゃかに拭いたら、小一時間ほど毛流れ、キューティクル、女にとっての髪は、といった内容を講義されたことがある。それからは彼女の髪を拭くときは、普段大雑把な自分からは想像できないくらい丁寧に扱うようにしていた。

「隆文」
「おう、どうした」
「明日行くとこ、結構、評価良いみたい。女医さんもいるって」
「そうか。良かったな」
「うん。……ね、隆文」
「どうしたよ」
「もし、ほんとに出来てたら、喜んでくれる?」
「ばーか、何聞いてんだ。喜ばないわけないだろ」

 早くもマタニティーブルーにかかりそうな月子に、俺は笑って答える。何で自分の子供ができたかもってときに悲しむんだ、バカ。体を小さくして膝を抱え込む月子を、俺は覆いかぶさるように抱きしめてやる。

「そんなに不安になんなって」
「でも」
「なあ月子」
「うん?」
「ありがとうな。一番に俺に相談してくれて」

 ほら、よくドラマとかで奥さんが嬉しげに「三か月なの」とか夫に言うシーンもあるけど、あれってつまり分かるまで仲間外れってことじゃん。俺はそういうのやだしさ。

「大丈夫だって。おら、俺のあふれんばかりの愛情を注入しちゃる!」

 まだ濡れている月子の頭のつむじの部分に、俺はむちゅううっと唇をくっつける。くすぐったかったのか月子は笑いながらじたばたと暴れた。振り向いた彼女の目にじんわりと涙が浮かんでいたが、ここは空気を読んで指摘せずにいよう。

 大丈夫って言える根拠は、俺がお前をこの上ないくらい愛してるってことくらいなんだよ。悪いが今はこれだけで勘弁してくれ。な、月子。