※アフター夏ほんのりネタバレ



 朝、盛大に喧嘩したせいで、顔を合わせる気になれなかった。晩御飯だけは義務のように作って、ラップをかけてテーブルに置いておいた。お風呂も入ってスキンケアも済ませてベッドに潜り込んでいたら、いつの間にか寝てしまったらしい。

「……いない」

 二人で暮らすようになって初めて一緒にお金を出して買ったダブルベッドには、私一人しかいない。喉の渇きに気付いてゆっくり立ち上がると、リビングから漏れてくる光が目に痛かった。

 そっとリビングを覗き込んでみると、ソファからにょっきりと足が伸びていた。足音を忍ばせて近寄ると、すやすやと寝息を立てる隆文がいた。スーツのズボンに皺が寄っている。何度も「帰ったらすぐにスーツを脱いで」と言っても、彼は聞かない。それより先にソファに寝転んでしまう。

「……もう」

 背もたれに乱暴にかけられたジャケットを拾って、幅の広いハンガーにかける。ふとテーブルに目を向けると、ラップをかけておいた晩御飯が無くなっていることに気付く。シンクまで目を向けると、いつもはそのままにする癖に、今日は食器が全て片づけられていた。

 もう、何でよ、と言いたくなる。じんわりと浮かぶ涙をパジャマの袖で乱暴に拭うと、ソファで寝転ぶ隆文に近寄った。お腹に額をくっつけると、かぎなれた彼の匂いがして、いっそう涙腺が緩んでしまう。

「……何やってんだよ」
「隆文の匂い、かいでる」
「犬か、お前は」
「だって私、犬飼月子さんだもん」
「訳分かんねー」

 くすくす笑いながら、隆文は私の頭を撫でる。

「なあ」
「うん?」
「今朝は悪かった」
「私こそ、ごめんなさい」
「んじゃ、これで仲直りな」
「うん」
「一応、駄目だったときのことを考えて、うまい堂のケーキ買ってきたんだが、無駄になったな」
「もう、物で釣る気だったの?」
「お前は単純だからな」
「ひどい!」
「なら、いらねーのか?」
「……いる」
「やっぱり単純じゃねえか」

 私が顔を上げれば、隆文は仕方ねえなあと笑っていた。乱暴に緩められていたネクタイに手を伸ばして解いてやると彼は少しだけ真剣な目をして、私の頭を撫でた。

「キスしていいか?」
「……わざわざ聞かれると、何だか学生時代に戻ったみたい」
「ちょっと新鮮だろ?」
「うん、そうかも」

 ソファに寝転ぶ彼が体を起こして、くしゃくしゃと私の頭を撫でる。すぐに降ってくるキスはいつも通り、少しだけ乱暴で、優しい。