※FD真相千木良ルートネタバレ

※お墓参りの話。手順は調べたもの+経験の摺り合わせなので少し間違っているかもしれません

※菅野家の信仰がどこなのか分からないため(烏天狗の住む山の山守なら仏教じゃなくて神道かもとか、そもそもカエル畑における烏天狗の存在が一体どういうものなのか、修験道と関係ある存在なのかとか、考え出すときりがない)、色々おかしいかもしれませんがご了承ください。仏教の方の表面的な知識しか持ち合わせていなくて申し訳ないです。









 いつもは祖父と来る墓前に、今日は違う人と来ている。みぃんみぃんと蝉が聴覚を責めるのを感じながら、風羽はしばらくぼんやりと墓を眺めていた。それから隣にいるのが今日は祖父でないことを思い出して、そっと視線を隣へ向ける。

「……何や、どうした」

 ぽん、と優しく頭を叩かれて、風羽はぱちぱちとまばたをした。いつもよりもずっと穏やかな手つきだった。千木良は持っていた手桶をしずかに地面へ下ろす。

「ボケっとしとらんと、はよ掃除すんで」

 慣れた手つきで周りに生えた雑草を抜く千木良に続いて、風羽は持ってきた新しい雑巾を水にひたすと、それで墓石を磨く。千木良は軽口ひとつも言わず、影すらない墓前の暑さに不平を漏らすこともなかった。風羽も自然と押し黙ってしまったため、会話は無かった。ただ静かに墓を掃除した。

 花立に水をいれてから、持ってきた花を飾る。またそこでぼんやりとしていたら、ぽん、と頭を叩かれた。叩くと言うよりも、撫でるような仕草だった。差し出された手桶を受け取り、ひしゃくで水をかける。日に当てられて少し乾いた墓石が再度水に濡れ、掘られた「菅野」の文字のくぼみにうっすらと水が溜まる。

 千木良はかがんで蝋燭を立てると、マッチで火を灯した。

「ほれ」

 線香を手渡され、風羽は膝を地面に付けてから、それを蝋燭に近付ける。火が移ったのを見てから線香を立てて、ゆっくりと手を合わせ、目を閉じた。

 ――私は元気に過ごしております。お母さんは、いかがお過ごしですか。

 じんわりと汗を滲ませながら、風羽はこの一年の報告をする。主に母に向けて、そして広くは自分の先祖に向けて。

 ――ご安心下さい。菅野家の名に恥じぬよう、これからも精進して参ります。

 目を開けてから、手で蝋燭を仰いで火を消した。それからまた墓石の「菅野」の文字を眺める。もしかしたら自分は、この墓に入ることができないかもしれない。風羽が、生涯の伴侶に烏天狗を選んだからだ。

「……水雫」

 隣から聞こえてきた名前は、風羽の母のものだった。しかしそこに込められた響きは、今まで風羽が一度も聞いたことがない切なさに満ちていた。隣を見ると彼はこちらの視線に気付き、少しだけ微笑んでから誤魔化すように風羽の頭を撫でる。

「お前の娘、貰うていくわ。……俺の出来る範囲やけど、幸せにするよう、努力はする。せやから安心して、そこで休んどけ」

 語りかけるような優しい声色だった。かつて千木良はこんな風に、若い母や先祖達と言葉を交わしていたのだろうか。

「千木良先輩」
「何や」

 立ち上がって手桶を片付けようとする千木良の手を引き止めて、風羽はずっと考えていたことをようやく口にした。

「千木良先輩は随分、お墓参りに手慣れていらっしゃいますね」
「……こんなん常識やろ」

 覚えている限りで、過去に風羽と祖父でお参りに来て、ここまで本格的なお墓の掃除をしたのは数える程しかない。風羽と祖父が来るとき、大抵お墓周りは雑草ひとつ無かったし、墓石はほとんど汚れていなかった。少ししおれた供花を見て、祖父は、越されたか、とため息を吐いていた。きっと祖父はその花を供えた相手を察していたのだ。

 千木良は一体何人の「菅野」を見送ってきたのだろう。一体何度、こうして暑い夏の日に墓参りに来たのだろう。それは風羽が永遠に理解し得ない孤独だった。

「千木良先輩」

 だから風羽は千木良に微笑みかけた。かつて迷子の風羽の手を引いてくれた優しいこの人に、もう孤独も寂しさも感じさせたくない、とはっきり感じていた。

「私はこれからずっと、千木良先輩のお傍におります。あなたが見守ってくださった、たくさんの菅野家のご先祖様に代わって、これからのあなたを私が幸せにします」

 例えご先祖様と同じ墓に入れなくとも、風羽は千木良の傍にいたいと思う。もうこの人が一人で墓参りに来なくていいようにしたかった。

「お互いが幸せにし合えば、お互いが幸せになれると思います。幸せになりましょう、千木良先輩」

 千木良はまっすぐに風羽を見ていた。それからしばらくすると、呆れたように長く、溜め息を吐いた。

「……何で俺が励まされなあかんねん」
「? 励ました覚えはありませんが」
「あー、もうええわ。毎年、一人になっては必死に泣くのこらえとったから、今年は思う存分泣かしてやろうと思とったのに」
「……見ていらっしゃったのですか」
「見とったわ。夏に限らず、いつもな」

 振り向いた千木良は空いた手で風羽の頭を撫でた。ずっと昔から、この手に守られていたのだろう、と風羽は思う。

「強うなったな、風羽」

 頭を撫でていた手が離れると、その手はくるりと反転して風羽の目の前に差し出される。風羽はためらいなくその手を取った。来年も再来年もそのずっと先も、彼と共にこの場所に来ようと胸に誓いながら。