月蛙寮で暮らすようになってから、葉村は随分と丸くなったように思う。ツンケンして他人を見下すような態度をとってばかりだったのに、最近ではエコ部とか言う、活動内容が良く分からん部活に精を出しているようだ。放課後、隣のクラスの空閑とゴミの仕分けをやっているのを良く見かける。たまにその中にうちのクラスの放送部員も混ざっていた。女の子なのだが、いわゆる女の子的な可愛さが全くなくて、返事に「御意」とか言ったりするような、時代間違えて生まれて来たんじゃないかとすら思わせる、かなりの不思議ちゃんだ。美人なのにな。女子高生必須ツールのケータイすら持っていないと言う。でも確かに、そういった文明の利器を使いこなしている様を想像できない。

 葉村に、菅野と仲良いのか、と聞くと、「仲良いっていうか」と口ごもるので、つっつきまくったらついに「片想いだよ」とのたまった。何と、この葉村が、あの菅野に片想いとな。葉村の友人を自称する俺としては見過ごせない情報である。

「へー。お前が、菅野をなあ」
「こ、こら! 口に出すんじゃねえ!」
「かなり意外だな」
「うるせえよ」
「ちなみにどこに惚れた?」
「そんなん言えるか馬鹿!」

 このツンケン少年と仏頂面少女の間に恋愛関係なんて成り立つのかねえ。ま、友人としては応援してやりたいところだが、イマイチあの菅野が恋する乙女になるところを想像することができない。彼女が頬を染め、葉村の腕に自らの腕を絡め擦りよる姿を思い浮かべてみると、何か違う、そうじゃない、という感覚による否定がグワッと広がる。ギャップ萌えとかそんなんとも違う。菅野がアイデンティティレベルで崩壊するような出来事だ、それ。

 その葉村と菅野が一緒に帰っているのを発見したのは偶然だった。商店街から二人が出て行くのを見かけたのだ。俺はと言えば駄菓子屋の当たり付きガムのハズレが当たりに変わりはしなだろうかと見つめていたところで、葉村と菅野はメモと買い物袋の中身とを真剣に見比べていた。二人とも寮生なので、夕飯の買い出しか何かなのだろう。考えると腹が鳴った。

 確認が終わったらしい二人は荷物を分けて、大きめの荷物を葉村が持ち、小さい方を菅野が持った。ガンバレ葉村。空いた右手で彼女の左手を掴むんだ。心の中でひっそりとエールを送る。

 しかし動いたのは、葉村ではなかった。菅野は空いた左手を、同じく空いた葉村の右手へ伸ばし――そして、パタリと落とした。そして不思議そうにその左手を目の前に広げてじっと見つめ、首を傾げた。まるで、今の自分の行為が、自分の意思に依るものではなかったとでも言いたげに。

「どうしたんだよ、おい」
「いえ、何でもありません。それより葉村くん、荷物は重くありませんか?」
「だから平気だって。お前もこっち気にしてないで、卵割らないように気をつけろよ。親子丼がなくなったら困るだろ」
「む……。御意」

 葉村と菅野の二人組は、てくてくと商店街の出口へ向かっていく。並んだ影は長く伸び、葉村は肩からずり落ちた荷物を抱えなおした。彼は長い足を持て余しているように見える。何故なら、葉村は彼より背の低い彼女の歩幅に合わせて歩いているからだ。

 時折彼女の方を向き、稀にしか見られないような気の抜けた笑顔でいる葉村を見ながら、あいつの友人を自称する俺は再度彼にエールを送る。なあ葉村、お前と菅野って案外お似合いだし、うまく行くと思うよ。自覚ないだけで、菅野もお前のこと好きだよ、多分。だからお前は今すぐ気をきかせて、やっぱり不思議そうに左手を閉じたり開いたりしている菅野の手を握ってやるべきだ。大丈夫だよ。きっとうまく行く。俺より先に彼女作るなんて抜け駆けだと叱ってやりたいけど、お前らは良いよ。さっさとくっついちゃえよ。あーもう焦れったいたらない!

 ほら、後ろを振り向いて、影でも見てみろ。お前らの願望通りに、そいつら、手を繋いでるみたいに見えるぞ。