猫猫事件帖

オペラ座の歌姫失踪事件 壱

木曜日。個人的に気怠い曜日である。
探偵・水守綾は唐突に現れた依頼人と交渉を始めたところだった。珍しく壱川からの依頼ではない。と、いうのも壱川からの連絡がここ一週間ほど殆ど来ていない。普段は壱川からの仕事依頼で大抵自分で決めた月のノルマを達成しているのだが、件の天球儀が盗まれたあたりからまたテレビやネットで話題に上った為、普通の依頼人が来ることも少なくはない。とは言え、その大抵が猫探しだとか人探しだとか……あまり面白いものではないのだが。ただ、今回も人探しには変わりないが明らかに家出少女捜索……なんてことにはいきそうもなかった。
まず、提示された報酬金の桁が違う。大抵こういう時は怪しむべきなのだが、水守は捜索している人間の情報を聞いて嗚呼、と頷いた。
捜されているのは女優だ。それも昨今人気の。更に言えば一週間程前、殺人未遂で犠牲者になりかけたあの女優だった。そりゃあ報酬金も高いだろう。彼女のマネージャーを名乗る男はオドオドしながら話を進めた。本当に焦っているようで水守は二つ返事でその依頼を受けた。
少し頭を冷やしたかったのもある。というのも、壱川から一週間も連絡が来ないなんて、出会ってから初めての事だ。休みの日だって共に食事に出かけるし、忙しい時は頼んでもいないのにメッセージが送られて来る。それをメンタルケアを兼ねている、なんて彼は言うが殆ど友人のそれだった。
正直、腹が立っている。彼の勝手な行動に出来るだけ口を出さないようにと決めて来たが、そろそろ目に余るのだ。なんせ、件の天球儀から始まり、明らかに自分まで巻き込まれている。そこに関しての覚悟はきちんとあるにもかかわらず、此処に来て突き放すとはどういう了見か。そんな急に遠ざけられたところではいそうですかなんて素直に頷けるような性格でもなかった。
だからこれはクールダウンも兼ねての仕事だ。なんなら、警察も動いているというのだから警察を出し抜いてやる、くらいの気持ちがある。
水守は勝手に燃え上がりながら任せてくださいと胸を叩いた。報酬金を頂いた暁には、ハーゲンダッツを大量に買ってやろう……なんて思いながら。
まだ、混沌の縁に立っていることを、彼女は知らない。



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オペラ座の歌姫失踪事件 壱




時を同じくして木曜日の昼下がり。事務所を兼ねている一軒家にとある男が訪ねて来た。貰った名刺には有名なプロダクションの名前が印字されており、綺麗に箔押しされたその文字を見ながら探偵・宮山 紅葉は目を丸くした。木野宮という名のブランドも伊達ではなかったらしい。提示された多額の報酬金は多すぎるからとその半分ということで請け負ったが、当の探偵木野宮きのみは不服そうに頬杖をついて反論した。
女優の捜索を頼んで来た男は、連絡先を渡してそそくさとその場から立ち去り消えた。木野宮が先週助けた(……のだろうか?)女優とおんなじ人間が、跡形も残さず消えてしまったのだという。命を狙われていたことから考えるに、既に死亡していることも頭において断ろうかとも思ったが、しかし木野宮の経験のためである。何より宮山が謎を解きたいがためである。二人は貰った数少ない情報をメモ帳に書き留めながら話した。
「あの女優さんいなくなっちゃったんだね〜」
「取り敢えず、自宅のマンションとか行ってみて聞き込みとかしようか」
「聞き込み!聞き込み得意だよ!」
「だと思うよ。ただ聞き込み以外であんまり情報が得られそうにないのがネックだな。一応ネットで検索とかもかけとくか」
「とにかくいこ〜れっつご〜!」
「こら、帽子をちゃんと被りなさい」
机の上に置き去りにされていた帽子を木野宮に被せて、宮山も玄関を出る。この街は小さくはないがさほど大きくもない。まさかそんな近くに人気女優が住んでいたとは驚きだが、まあ芸能人なんてそんなものなのだろう。きっと街中ですれ違ったって、宮山はかすりも気付かない自信がある。あまりテレビを見ないからだ。
街の中には高級住宅街が二つ程存在している。高級住宅街、と言っても気持ち程度なのだが、そこには一等高いマンションがあることは地元の人間なら誰でも知っていた。それも建ったのが結構最近の話で、何かと話題になったし新聞なんかにも大々的に広告が出ていたからというのもある。
二人は早速マンションに向かった。木曜日の昼下がり。勿論木野宮は学校をサボっている。親が有名なこともあり事件の一言で何かと免除されていると聞いたが、それが本当なのか宮山には確かめる術がない。まあ、学校に通わなくなったところで探偵になるのなら問題はないだろう。なんて呑気なことを考えている。本人はもっと呑気だが。
「きっきこみ〜きっきこみ〜」
「はしゃがないの」
「だってだって事件ですよ!? 依頼ですよ!? うれしいな〜たのしいな〜」
「…………」
やはり呑気だが。
宮山がマンションの管理人に掛け合う。敢えて木野宮の姿は見せずに木野宮の名と依頼人に貰った名刺を見せると、意外にもすぐ扉を開けてくれた。相変わらずスキップをしながらぐるぐる回る木野宮を連れて、マンションのエレベーターを待つ。
高級住宅街のマンションというに相応しい内装は、入り口からその偉大さを証明が照らしていた。やけに広いロビーに、入ってすぐに見える中庭。綺麗に手入れされた木々やその奥に置かれたバイクや自転車が住んでいる人間の裕福さを物語っていた。
埃臭い屋敷に住んでいる宮山には似つかわしくない場所だが、特に場違いさも感じない。いやらしくない上品な高級さというものがこのマンションには立ち込めていた。
渡された住所のメモによると、女優が住んでいたのは四〇八号室。高層マンションにしては低めの位置にあるその部屋を訪れるや否や、一人の男が目に入った。やけに長い廊下にぽつんと佇む彼は、とある部屋の扉を見詰めて物憂げに溜息を吐いている。前の扉に四〇七と表記されているから、女優の住んでいた部屋で間違いなさそうだった。
木野宮が男に気付くより先に、宮山は声を掛ける。男の名前は……確か壱川遵。最近よく遭遇する刑事なのだが、どうやら怪盗と繋がりがあるらしいということだけは知っている。
「こんにちは、刑事さん」
「あー!こんにちは!」
「……ああ、奇遇だな。君達とはよく会う」
咥えたまま火を付けていない煙草を口から取っ払って、壱川は少し屈んでから木野宮にこんにちは、と返した。
「捜査でここに?」
「まあな。君たちも……まあこんな所に来るくらいだ。自主捜査か?」
「いえ、今回は依頼で。女優が行方不明になったとかって、マネージャーの男がさっき来たんで」
「……成る程? 残念だが鍵は閉まってる。というか警察が押収してるから中は見れない。俺も持ってないんだ」
両手を挙げてお手上げだというポーズを取る壱川に、宮山は違和感を覚えた。なら何故彼は此処にいるのか。首を傾げながらも聞きはしない。壱川は踵を翻して早速退散するようだった。
「あんまり首突っ込まない方がその子の為だ。君は保護者も兼ねているんだろう」
「この子の為かどうかはわかりませんよ。少なくとも俺はこの子の成長になるなら片っ端から事件に当たる」
「そりゃ仕事だからかい。構わないが、……まあ、気を付けてくれ」
手をヒラヒラと振っては、壱川がゆっくりと足を進ませる。宮山はやはり壱川が此処にいた理由を聞かないが、しかし一つだけ声を上げた。
「今日は相棒の女性はいないんですね。水守さん……でしたっけ」
なんとなくだ。勘がそう言えと告げたが、思惑通りと言っていいのか壱川は足を止めた。
「彼女は……」
振り向こうとして、途中でやめる。重い空気を纏った言葉に宮山は自分の問いかけに後悔しなかった。
「彼女は忙しいんだ。それじゃ」
今度こそ壱川は反対側の出口に向かって消えていった。水守という探偵と壱川はいつも一緒にいるイメージだったが、そうでもないのか。はたまた何かあったのか。考えながら扉に手を掛けるが、彼の言った通りその部屋は施錠されていた。
ふむ、と顎に手を置く。木野宮は廊下に座り込んで難題ですな〜と唸っている。
と、壱川が向かった階段とは別方向…宮山たちが来た階段の方から足音が聞こえた。すかさず振り返ると、其処にはまた物憂げな顔をした、別の人間の顔があった。
「ん……? アンタら……」
「あー!探偵のお姉さんだ!!」
「……今日はよく人と会うな」
忙しいはずの探偵、水守綾。彼女は重い足取りで階段を使い、此処まで来たらしい。エレベーターは使わなかったのかと思いつつ、宮山がこんにちは、と挨拶すれば水守も力なく返した。
「アンタらも依頼受けて来たの?まあその様子じゃ部屋はどうせ閉まってるんだろうけど」
「そうだよー!依頼で来たんだよ!お揃いだね!!」
「……御察しの通り部屋は閉まってます、鍵も警察が押収していると聞きました」
「ふーん、まあ期待してなかったからいいけどさ。此処以外に特に探す場所ないし……あーもう、人探しとか嫌いなのよね」
そんな文句を言いながらも、水守は宮山の前に来て、一応と言わんばかりにドアノブを捻った。
「……刑事さんは一緒じゃないんですか?」
わかりきった質問をしてみる。この人はいつも怒っているから喧嘩でもしたのかもしれない。
「はあ? ……別に、いつも一緒にいるわけじゃないし」
「刑事のお兄さんね〜さっき向こうに行ったよ!」
「嗚呼、こら」
「ふーん……あっそ。…………まあどうだっていいけど……」
含みのある言い方だった。やはり喧嘩でもしたのだろうか。
宮山にとって壱川は不明瞭な存在だ。刑事であり、しかし探偵とも怪盗とも繋がりがある。その立ち位置が何を意味するのか、よくわからない。一応相棒として組んでいるのはこの女らしいが、それ自体も何処まで本心なのか見えない。
そう、あの男は見えないのだ。何を背負って、何の為に動いているのか。
宮山は思い立ったかのように口を開いた。
「情報交換も兼ねて、お茶しませんか?近くに美味しい喫茶店があるので」
「……情報交換?まあいいけど。同業者に手を貸すのは癪だけど早速手詰まりって感じするしね」
「お茶!わーい!ケーキ食べたい!モンブランとか!モンブランとか!」
「モンブランいいわね」
他愛のない会話に一息つきながら、一行は宮山を先頭にして喫茶店に向かった。たまに一人で来る喫茶店である。店内が静かで、何より店主が揃えた本を読めるのがいい。彼のセンスは宮山の趣味とよく合い、珈琲も絶品だ。あまり食べないケーキも、今日は二人に合わせて頼んでみた。すぐに運ばれて来たフルーツタルトは優しい照明に照らされて何処か自慢気だ。
「……それで? 情報交換って言っても、私特に何も得てないけど。依頼主が一緒なら、元の情報も共有してるだろうし」
「うちに来たのはマネージャーだったかな。少し太った人の良さそうな男でした」
「私のとこもそうだった。嗚呼、進展無しっていうのがもう見えちゃった」
肩を落としながら水守がチーズケーキを突く。
「……踏み込んだ話、申し訳ないんですが」
「堅苦しい話し方、辞めてくれない? 折角ケーキ食べてリフレッシュしてるとこなんだし」
「……それじゃあ」
木野宮は宮山の横でオレンジジュースをごくごく飲んでいる。早々に食べきってしまったモンブランのおかわりをご所望のようで、一人駆け足でレジに走って行った。
「壱川さんとはどういう関係で?」
「事情聴取みたい。先に聞いておきたいんだけど、それってどういう意味で聞いてるの」
「ああ、野暮ったい詮索なんかではなく。どうにもあの小さい怪盗たちとも繋がりがあるようなのに、関係がイマイチ見えなくて」
「……あんまり詳しくは話せない。守秘義務って奴があるからね。でもあの東雲とかいう怪盗一派をアイツは敵視してない。私はまあ……今の所よくわかんないかな。正直、私もよくわかってない」
水守はフォークを咥えたまま唸った。何か不服そうな顔だ。一方木野宮は皿に乗ったショートケーキを走って運んでいる。
「最近、連絡来ないから。仕事のことも、それ以外も。それより前は休みの日も結構一緒にいたけどね。メンタルケアなんて言って、監視も兼ねてたと思う。ただそれがパッタリ止んで、私もよくわかんないまま……って感じ。何があったのかとか、何も知らされてないし」
宮山もううん……と唸った。ついに壱川という男がよくわからない。いったい彼は何者で、何が目的なのか。だが、一つだけ言えることがある。
「水守さんに連絡しないのは、水守さんの事を思って……じゃないかな」
「は?」
「さっき会った時、俺に対して木野宮のことを危惧するようなことを言っていたから。彼のことはよくわからないが、悪い人ではなさそうだし。そう思うと水守さんに危険が及ぶのを避ける為に態と貴女を避けてるのかも」
「待って、話が見えない。私に危険が、なんてそんな今更……」
彼女は本当に理解しがたい、という顔をしていた。それに面食らったのは誰より宮山だ。先週、劇場での出来事を思い出す。怪盗団と名乗る集団が女優を狙い、その果てに東雲や明乃を知っているかのような口振りをしていたこと。だから、その場にいた全員が彼らには気を付けよう、誰が狙われるかわからない…という話で終わったのだが。確かにそこに水守はいなかった。てっきり壱川がそのことを伝えていると思っていたが…と、宮山は慎重に口を開く。
「先週の劇場での事件」
「何よ急に」
「当事者は女優と犯人だけじゃない。うちの木野宮と、怪盗の片割……明乃ちゃんだったかな。二人ともそこにいたんだけど」
予想通り、知らなかったのだろう。彼女は口を開けていた。
「犯人は怪盗団、と呼ばれる集団らしい。どうも怪盗組だけじゃなくて、俺たちまで目を付けられてそうだから気を付けろ……って話になって」
「……何それ」
「その場に壱川さんもいたから、聞いていたかと」
水守がわなわなと震え始める。木野宮は気にせずショートケーキを頬張っている。
「何それ!あのクソヒゲ野郎〜!そんなの一言も聞いてないんだけどっ!!」
言って水守はスマートフォンを取り出した。電話帳から壱川の名をすぐに出すが、しかしその怒りもすぐに冷めたのか彼女がコールする事はない。
「……はぁ、もういい。なんか馬鹿らしい」
あからさまに落ち込んだ様子で、水守はスマートフォンを机に置き、チーズケーキを口に運んだ。それを見てなのか天然なのか、木野宮が食べる?とショートケーキを一口分突き刺した状態のフォークを水守に向ける。彼女は素直に一口で差し出されたショートケーキを平らげた。
「……よし。もういい、もういいわ。落ち込んでても仕方ないし、この事件パパッと解決して、あんなクソ野郎いなくてもやっていけるって証明して、自立する。そうする!そうしてやる!やってやるんだからーーー!!!」
うん。立ち直りが早い。
頷きながら宮山もフルーツタルトを咀嚼した。とにかく落ち込みから立ち直れたなら話は早い。だが、怪盗団の話が引っかかっているのも確かだ。彼女を一人にするのは少し不安だと勘が告げていた。
「よかったらこのまま一緒に調査しない? ……人数多い方が助かるし、何かあっても安心だから」
「そーね。乗った。怪盗団だかなんだか知らないけど、すぐに捜し出してパパッとやっつけちゃお」
「やっつけちゃおー!!!」
水守はガッツポーズをしてから、頼んでいた紅茶が美味しいと絶賛し始めた。やけに上機嫌になっていたから紅茶が好きなのかもしれない。
そうして一行はチームを組むことになったが、水守と木野宮のおかわりの猛攻によって喫茶店を出るのは二時間後の話となった。


○○○


商店街。高級マンションからそう遠くはないそこは、平日の昼間だからか閑散としていた。とは言え人がいないわけではない。手分けして聞き込みをしていると何人か女優を知っていると言っていたが、彼女もテレビに舞台に引っ張りだこで疲れているだろう、ということで不必要に話しかける事はタブーとなっていたらしい。故に、有力な情報は掴めなかった。
三人は商店街を巡り歩きながら、木野宮のアイスクリーム食べたい!の一言で休憩を決意する。ちょうど近くの八百屋にソフトクリームの旗が立っていたので、そこに立ち寄ることにする。チョコがいい!と騒ぐ木野宮を先頭にして、一行は八百屋に向かった。
が。水守の足が止まる。それを見て宮山も止まったが、止まった理由はすぐにわかった。
八百屋の店主と話している後ろ姿に見覚えがあるのだ。水守は嫌そうな顔をしたがすぐに肩を竦めてその人物に話しかけに行った。
「ちょっと」
「あん? なんだよ、今値切ってるとこなんだよ、邪魔すんな……って」
「アンタこんな昼間から何してんの? ……ていうか、この近くに住んでるわけ?個人情報だだ漏れで大丈夫?」
「クソ探偵野郎………………」
東雲 宵一。スーパーの袋を片手に、今まさに八百屋から大根を値切ろうとしているその人物である。
「こんにちは。お買い物中に失礼」
「よりによってお前らもいんのかよ!暇かよ!三人仲良く揃ってこんな平日の昼間に何してんだ!」
「調査中です〜どっかの怪盗くんと違ってお使い中じゃないです〜」
「馬鹿にすんな!今日は明乃の家事おやすみデーだから仕方ねえんだよ!」
家事おやすみデーて……。
その時、探偵たちは一丸となった。
「つか調査中だ〜? こんな商店街でか。猫でも探してんのか?」
「いや、女優を。先週あった例のね。失踪したらしいんだ、何か知らないか?」
「あん? ……お前らな〜!気を付けろよって言ったばっかりだろ!人の話聞けよ!馬鹿なのか!絶対馬鹿だろ!!」
「私の仕事は私が決める!そんなの関係ないし、で、何か知らないの?」
言うと、八百屋の店主が木野宮にソフトクリームを渡しながら、ひょいと顔を出してきた。
「あのでっかいマンションに住んでた女優さんを探してんのかい」
「ええ。僕達探偵をやっていまして、とある人物からの依頼で目下捜索中なんです」
「ソフトクリームおいしい」
「嗚呼……探偵さん。そりゃ心強いな。あの人、うちでもたまに野菜買っていってたよ。人のいい美人さんだったな」
「ソフトクリームおいしい〜!!」
「彼女、何か言ってませんでしたか? ほんの些細なことでも、なんでも」
「…………」
東雲が腕組みして、いかにも不服そうに八百屋を見つめている。木野宮は気にせずソフトクリームを食べ終えて、おかわり!と言いながら店主に三百円を渡した。
「そういや、最近妙なファンに追われて困ってるって言ってたなあ」
「妙なファン?」
「なんでも病的なストーカー気質らしくてな。近くに住んでるらしいとは言ってたが……結構まいってたみたいだよ、脅迫まがいの手紙がポストに大量に入れられたりね」
「……調べてみる価値はあるかな」
「嗚呼、大いに」
「おいお前ら」
東雲が話を遮るようにして声を上げた。
「わかってんだろうな。奴らは一筋縄じゃいかねえ、これも罠かもしれねえ。考えてみろ、先週出くわした女優が行方不明で、態々お前ら両方に依頼が来るなんて偶然にも程があんだろが。打ち切りを提案するが……まあ無駄だろうな。お前ら馬鹿だから。でも警戒しろ、無理はするな」
「……なんだ、案外優しいんだな」
「うるせえな。お前んとこのチビがうちの明乃の数少ない友達だから言ってやってんだよ、聞いてんのかチビ」
「チビじゃないもん!これからセクシーダイナマイトボディーになる予定だもん!!」
「嗚呼そうかよ、とにかく警戒しろ、わかったな」
そう言うと、東雲はぽん、と木野宮の帽子に手を置いた。
それから東雲と別れたが、特に家の場所を突き止めるような真似はしなかった。したところで東雲にバレて撒かれるのがオチだろう。
三人は八百屋の言っていたファンというのを探すことにした。燃え上がる水守の決心の隣に、呑気な探偵二人を添えて。
事件はまだ、始まったばかりである。




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