猫猫事件帖

悲劇の短剣盗難事件 プロローグ

この世には厄介なものが沢山ある。
呪いだとか魔法だとか、そう言われるものには全て理由があるものだけれど。
理由を知らないから人はそれを呪いだ魔法だと騒ぎ立てる。理由を知らないから人はそれを恐れ、慄き、ねじ伏せようとする。

常盤 社(ひたち やしろ)は考えていた。理由なき理不尽など存在しない。この世にある、ありとあらゆるものの全てには理由が存在するのだ。それを理不尽だと言うのなら、それはただ自分自身が無知なだけに過ぎない。それをあんまりだと泣くのなら、それはただ自分自身が弱すぎるだけに過ぎない。
常盤は小さな剣を光に翳した。これもまた、曰く付きの剣である。……剣と言ってもレプリカだ。本物とは違い切れ味なんてものは殆どないし、舞台などで使う小道具に過ぎない。
だが、人を殺すことはできる。
喉の奥まで無理矢理突き刺すだけの硬さはあった。それを確かめながら常盤は溜息を吐く。曰くを付けるのは人間だ。それは呪いでも魔法でもない。そして常盤は、今世界中の誰よりもこの剣に「曰く」を付けようとしていた。
「……悪趣味だと思うんだけど」
部屋にいる少女が口を開いた。唐突な非難に常盤は怒るどころか笑みを見せ、そうですか?と首を傾げる。
「相応しいものに相応しい場所、こんなに尽くすというのに悪趣味とは」
「それが悪趣味なの。目的なんてすぐに済ませれば良いのに、態々舞台を用意することが」
「確かに。私ならひっそり死にたいですけど」
「貴方、死ぬの?」
「そりゃあもう、人間ですから」
「良いこと聞いた。今夜はよく眠れそう」
少女が椅子から立ち上がる。呆れたようなその口調にまた常盤は笑うが、それが気に食わないとでもいうように少女の顔は怪訝になった。
「サポートは頼みましたよ」
「……サポートなんか要らないくせに。私のこと監視しようと思ってるの、見え見えなんですけど。変態」
「酷い言われようだ」
「本当のことなんだもん」
少女が今度こそ部屋から出ようとする。常盤はそれを止めるかのように、口を開いた。
「逃げられると、困るので」
思ってもないくせに。
少女は思う。舌打ちをしてその意図を晒す。だがやはり常盤は、怒ることも焦ることもしなかった。
「貴女も私たちの一員なんですから、それなりの秩序を持ってもらわないと」
「親にでもなったつもり?それともボス気取り?」
「何方かと言えば前者…貴女のことは娘同然に思って」
「死ね」
乱暴に閉められた扉の音に短剣が振動する。嗚呼……と落胆する常盤はそれでも尚笑っていた。
「これも"エンターテイメント性"……という奴なんですよ」
短剣を机に置いて、常盤も立ち上がる。舞台は目前。場所も、時間も。
それは常盤にとっての舞台ではない。これから幕を開けるのは、とある女優の悲劇。
「何でも面白おかしくないと、やってられないでしょう」
そしてそれに巻き込まれる東京最弱の探偵と、その友人である怪盗の物語。




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