猫猫事件帖

消えたステンドグラス事件 四

「司教さん……犯人は貴方ですね!!!!」
「…………!!」
「………………」
「………」
「……………」
「………………」
「………………………………」
「み、みやまく〜ん!!!!」
「…………はぁ」



猫猫事件帖
消えたステンドグラス事件 其の四



「何かしらの方法でステンドグラスを割り、マットの上に落とした貴方は……動揺したふりをしながらも我々を退出させ、鍵を取りに行くと言って奥の部屋まで戻りました」
宮山が木野宮の代わりに説明を始める。司教は依然、黙ったままだ。
「我々が退出したのを確認した後……貴方はマットの上に落ちたステンドグラスを回収した。ガラスを短時間で処理するとなると難しいですが……簡単な方法があります、そうですよね、センセ」
「えあ!? うん!そうね!簡単だね!!進研ゼミでやったとこ並みに!!」
「……貴方はマットごとステンドグラスを回収したんでしょう。マットを丸めてそのまま奥の部屋に持っていく。下にもう一枚マットを敷いておけば、新しいマットを出す時間も省ける。ね、センセ」
「うん!!よく言ったぞみやまくん!!!」
腕組みをして偉そうにしている木野宮を一瞥しながら宮山はまた溜息を吐いた。司教の顔は先ほどよりも青くなっている気がする。
「ステンドグラスを回収する時間とタイミングを考えれば貴方しか犯人はいません。どうやってステンドグラスを割ったのか、どうしてステンドグラスが宙に浮いたかのような演出を施したのか……それと動悸も、残りは考えるより聞いたほうが早そうなので結論を急ぎました。何か反論は?」
「…………」
「……反論はないみたいだけど、確かにあんな演出必要なかったわよね? 金目当てか何か知らないけど、そんなことしなくたって……」
「私じゃない!」
話に割って入った水守の言葉を更に遮るように司教が吼える。出た出た…と全員が肩を竦めているが、わなわなと震える身体を必死に抑えつけている司教は唇をなんとか開いた。
「おっしゃる通り……ステンドグラスはマットごと回収して、部屋の奥に閉まってある……私がやったことだ……」
「やっぱり爺さんなんじゃねーか、何が"私じゃない"だよ」
「私じゃないんだ!ステンドグラスを割ったのも!宙に浮かせたような演出も!本当に!!」
「……ええ?宵一さん、この人頭大丈夫かな?」
「……誰かにやらされていた、ということか?」
各々が話す中、壱川が司教に尋ねる。司教はこくこくと頷いて、怒りか何かに押し潰されるような声を上げた。
「今日のこの時間に、ステンドグラスを破るから回収しろと……さもなければ命はないと、手紙が届いたんだ!まさか本当に割れるなんて……思いもしなかったが……」
壱川の眉間に皺が寄る。見逃さなかった水守は肩を竦めながらまた余計なことを考えているな、と思った。
「そんな脅迫めいたラブレター、誰から貰ったんだよ」
「知らない!私は……私は何も知らないんだ……本当に……」
司教が膝から崩れ落ちる。どうするよこれ、と呆れたような態度をとる東雲に、壱川は視線を向けた。いち早くそれに気付いた明乃が東雲の腕を取る。
「宵一さんはやってないよ!!ほんとだよ!!!疑うのやめてあげてよお!!」
「だからやってねーっつってんだろ!離せ!!阿呆か!!」
「いやいや、わかってるってば。ただこうなった以上"似た者同士"なら何か思いつくかと思ってさ」
「あん!? こんなステンドグラスなんか盗まねーし、知らねえ奴に手伝わせるような真似もしねえ!」
「でも確かに盗みたいだけなら、態々ストロボなんて使わないわよね」
全員が目配せをする。真実が暴けたと思ったのに、それどころか謎がどんどんと深まっていくような腑の落ちなさに沈黙が流れた。
「……取り敢えず外で警察が待ってるから、事情を――――…………」
壱川がため息まじりに言う。それと殆ど同時に、木が軋む音が教会に響いた。
ばたん、と入り口の扉が閉まる。明乃と水守がいの一番に振り返るが、そこには一番後ろに立っていた少女の姿だけがある。
思えばこのグループは可笑しかった。刑事と探偵、そして怪盗が入り混じる異色のグループだ。にもかかわらず、たった一人素知らぬ顔の少女がいた。彼女は黒堂彰と名乗った。何も起こさず、何も尋ねず、ただじっと此処にいる全員を見ていた彼女がーーー
「だって、エンターテイメントが大事なんでしょ?」
やっと、口を開いた。
その言葉に東雲が噛み付くような視線を送る。緊張感に乗っ取られたその場が凍てつき、それでも彰は一人だけ緩やかに笑っていた。
「だからかなり前から仕込んでたんだけど……面白くなかった? 百点中何点かな?」
「つまりはテメーが犯人なんだな? おい明乃、こいつとっ捕まえて……」
「乱暴は良くないよ〜」
途端に目の前が真っ白に眩む。あり得ない長さの布は全員の目を覆い、そして波のように揺らめくとそのまま少女の肩へ収束した。
何処にでもいそうな、穏やかだった少女の格好が異色へ変わる。古典的な怪盗を思わせる長いマントにセーラー服という、なんとも歪な形へ。
そしてそのまま少女は跳躍した。振り返れば彼女は教会の真ん中へと移動し、またも楽しそうに笑うのだ。誰よりも早く反応した明乃が距離を詰めようとするが、更にそれに気付いた壱川が腕を伸ばして止める。
「ここにいるみんな、仲良くしたほうがいいよ。君たち全員が力を合わせるくらいじゃないと、私には絶対勝てないもん。今日は、その為の顔合わせの日なの」
訳のわからないことを、と東雲が毒を吐く。彰は尚も冷静な口振りで続ける。
「そこの女の子の力量チェックもあったんだけどな〜全然ダメ」
彼女が指差したのは、輪の一番前にいる少女……木野宮である。
「君のお父さんはダメダメだけど……君はもっとダメ!」
笑顔で告げる彰に、一瞬木野宮が険しい顔をした。そしてまた、関係ないはずの壱川さえも……険しい顔で彰を睨んでいた。宮山は二人の表情を横目に見て、また彰に視線を戻す。
「それじゃあ今日はもうこの辺で……」
「明乃!!」
彰の初動を見逃さなかった東雲が叫ぶ。明乃が床を蹴り、壱川の腕をすり抜けて今度こそ距離を詰めた。服の隙間から小振りのナイフを取り出す。しっかりと握りしめ、突きつけるような形でそのまま腕を伸ばした。
何処を切ればいいのかわかる。相手の動きを止めるため、明乃は彰の脚に視線を集中させていた。
「待て!!」
男が叫ぶ。ナイフの煌めきに誰よりも敏感に反応し、彼は明乃の後を追うように身体を飛ばして明乃の腕を掴んだ。瞬時、彰を狙っていた腕をそのまま後ろに引けば、手にあったナイフがそのまま鼻先を掠めた。
血の匂いが漂う。鼻の上に熱を感じながら、壱川は逃げようとする明乃の腕をしっかり捻って拘束した。ほんの数秒前とは違い、確実に相手を狙うような瞳が此方を見る。呆然とそれを見ていた彰は可笑しそうに笑い、駆け寄ろうとする東雲を尻目に口を開いた。
「有難う、かっこいい刑事さん」
明乃が一等強い力で壱川から逃げようとする。同時に彰がマントを翻し、そこから吹き抜ける突風に全員が目を瞑った。
「またね」
はっきりとしない視界を開いたとき、木野宮は彰の瞳を見た。此方に言っているのだと気付きながらも何も言えず、そのまま彰の姿が消える。
一同は呆然としていた。
何が起こったのか、結局何が目的だったのすらわからない。ただ、わからないことに対して脱力するしかない虚しさに、全員が襲われていた。


_



警察に出来る限りの事を話した後、司教を置いて全員で奥の部屋を見に行った。
乱雑に立てかけられてあったマットを開くが、そこにはステンドグラスの破片と思しき小さな粒のようなものしかなく、代わりに彰からと思われるメッセージカードが挟まれているだけだ。
肩を落とした一行はそれぞれ無言のままに解散することになった。
あからさまに苛立っている東雲の隣を歩きながら、明乃は何度も必死に謝る。
「ごめんなさい!私がもう少し速かったら……!あうう……」
「怒ってねーよ、あれはあの馬鹿刑事が悪い」
「今日の晩御飯はお肉にするからね……!宵一さん怒らないでよ〜!!」
「だから怒ってねーよ!!」
先を歩く東雲の背を見ながら、明乃はまた肩を落とし、そして彼に追いつかなければと足早にその場を去った。
「何考えてんの!? 馬鹿なの!?」
そしてこちらも、怒鳴りながらあからさまに苛立っている人間がもう一人。
「もうちょっと考えてから行動しろって言ってんの!首に当たってたらどうしてたのよ!」
「うんうん、悪かったよ。反省してます」
「反省してるって顔してない!全然してない!!」
切れた鼻の上に絆創膏を貼りながら、水守は激怒していた。いつでもなんでも怒るなあ、と思いながら、壱川は少女のことを思い出す。
咄嗟のことだった。明乃がナイフを出した瞬間、勝手に体が動いたのだ。
怪盗としての秩序の為か、それとも少女が傷付けられないためなのか、自分でもよくわからない。わからないが、彰と名乗ったあの少女とはこれからも邂逅を果たすことになるだろう。なんとなく、そんな予感がしている。
「……それで?」
「ん?」
「やっぱり何かあるんでしょ。あのちっちゃい探偵と」
「何にもないって言ったじゃない」
「信じると思う?」
「珍しく突っかかってくるなあ、いつもは俺の話聞いてないのに」
水守は思い出していた。壱川の異様なまでの反応に、違和感を覚えたのだ。あれは…そう、あの少女が木野宮に話しかけているときのこと。
「話す気がないならいいけど」
無性に腹が立って素っ気なく返す。どうせ自分も巻き込まれることなのだ。そんな気がする。彼女はこの日を"顔合わせ"と言っていた。きっと、ただの偶然ではないのだろう。
それ以上喋らなくなったいちを見てから、水守もまた黙った。何も知らないことに対する苛立ちに、頭がパンクしそうになっていた。


「いや〜事件解決!流石は名探偵!!」
「…………」
激しい自画自賛に酔いながら帰り道でスキップする木野宮を見て、宮山は腕を組み考える。
彰と名乗った少女が何を目的としていたのか、てんで検討もつかない。しかし、彼女が木野宮を認識していて、尚且つ木野宮を目当ての一つとしていたことは確かだ。
『君のお父さんはダメダメだけど……君はもっとダメ!』
彰の言葉が頭の中で反芻される。木野宮の父は、この界隈にいれば誰もが知るような名探偵だった。木野宮もその後を継ぐべく、今はこうして自立しようと頑張っている。
彼は、怪盗の天敵と言っても過言ではなかった。数多の怪盗を退け、その手の依頼は後を絶たなかったとまで言われている。
宮山は、その木野宮の父に雇われていた。探偵業を起こそうとしたときのことである。まだ未熟な木野宮の助手になってくれないかと言われここに身を置いているのだ。
彼の引退は急な話だった。この界隈の者は誰もが耳を疑った。彼は素晴らしい探偵だった…………はずだ。
彰は何かを知っているようなことを言っていた。少なくとも宮山から見て木野宮の父を"ダメダメ"と評すなんておかしいにも程がある。
しかしーーー木野宮はそれを聞いて、険しい顔をしていた。本人に似合わぬ真面目すぎる顔だった。ただ、父を馬鹿にして怒っているという風でもなく。
「みやまくん、晩御飯はお肉がいい!」
「…………」
「でかいかにもいいな〜」
「……………」
「みやまくん?」
そしてあの刑事も、また。
拭えない不信感に纏われながらも、宮山の周りをぐるぐる回って歌いだす木野宮の頭を掴む。
いずれまた、対峙することになるのだ。
そうなった時に聞けばいい。木野宮にも、怪盗にも、刑事にも。
「……今日は解決祝いで外食するか」
「わーーーい!!!でかいかに!でかいかに!!」
いずれまた、対峙することになり、真実を知る時が――――


_


彰は盗んだステンドグラスを月にかざした。キラキラと光るそれは本当に宝石のようだったが、元の形状を失ったそれに喪失感を抱くばかりだ。美しいとも、可愛らしいとも、なんとも思わなかった。
元より宝石なんてものには興味がない。金目のものというものに意識が向かない。あるのは可愛いものが欲しいという、ある意味一番貪欲な気持ちだけ。だから本当に、こんなガラスの破片に意味などないのだと思う。
「また無意味なことを」
誰かがそう言った。言われた彰は急にしかめっ面に変わり、その場に立ってむくれさせた顔を態とらしく背けた。
「無意味じゃないもーん」
「無意味ですよ。どうせそれも処分するんでしょう」
「だってこんなのかわいくないもん」
「だから無意味だって言うんです。なんなら私が預かります」
言って、人影は手を差し伸べた。それを横目に見た彰が、スッと手を伸ばす。
夜風に吹かれて、ビルの屋上のキワに立つ彰が笑う。馬鹿と煙は高いところが好きだ。彰は自分を馬鹿ではないと思っているが、それでも古典的な怪盗ならきっと事件の後にビルの屋上に立つだろうと思う。だからここに来た。形から入るのが彰のやり方だ。
「あげるわけないじゃん」
そう言うと、彰は手のひらを開けた。道路に向けて真っ逆さまに落ちているステンドグラスは、割れる音さえ響かせずに地面とぶつかった。
「絶対あげない。特に貴方には」
笑う。険しい顔をした少女を思い浮かべて、自分の今すべきことを思い出す。
「これでは探偵の方々も浮かばれませんね」
影が呆れたような口調で言う。
「貴方は色々堅苦しすぎるんだよね〜、そんなの絶対やってられないもん」
「いいですから、早く戻ってきてくださいね。もうすぐ約束の時間ですよ」
「はいはい、わかってるわかってる」
言って、ビルの屋上から去って行く人影に小さく舌を出す。
今日の一連の出来事を思い出しながら、ようやく彰は自分も扉へと向かった。
「次は負けないでね」
誰に言うわけでもなく、そっと祈りを告げて。




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