猫猫事件帖

消えたステンドグラス事件 参

「……で、やらせといていいわけ?」
「いいんじゃないかな?どの程度の力量なのか見たいってのもあるしね」
「前も思ってたけど甘すぎない? 彼女に対して」
腕組みをしながら眉間にシワを寄せる女性、水守は困り顔で笑っている男、壱川に叱咤するような口調で言った。
彼女―――木野宮は教会の中をうろちょろと動き回っているが、何か目新しい発見をしたような素振りは見せていない。そしてその後ろをついて回る男…助手の宮山もまた、木野宮の後ろをついて回るばかりで特に進展はなかった。
「そんなに気になる? もしかしてロリコン?」
「女の嫉妬は怖いなあ」
「今すぐ謝らないと全身の毛穴という毛穴に熱湯を注ぎ込むから」
「待って、手に持った珈琲を降ろして」
「嫌なら白状して。あの子と何かあるんでしょう」
壱川は観念したように首を横に振った。と、同時に教会に大きな声が響き渡る。
「わかったーーー!!!!!!!」
その場にいた全員が振り返った。教会のど真ん中に立つ木野宮は、ドヤ顔で腰に手を当てている。
「この部屋のどこかに、ルンバがいる!!!!!!!」
「調査に戻りましょうね、センセ。すいません、この人ジョークがお好きで」
呆れて各々の作業に向かう人々を見ながら、壱川は肩を竦ませた。
「あの子とは何もないよ。何もね」



猫猫事件帖
消えたステンドグラスグラス事件 其の参




「センセ、何か発見は?」
「ないね!!」
「ないかあ、そっかあ……」
うーん、と唸りながら助手・宮山は腕を組んだ。できればほんの少しでも自己発見して欲しいものなのだが、かれこれ二十分程教会の中を捜索して何もない、ときた。
にもかかわらず自信満々の顔である。呆れながらも宮山は木野宮の頭を叩いてから、床を指差した。
「センセ、この辺が怪しくありませんか?」
「ムムム……確かに怪しい」
「……………………指で撫でてみて」
「指で?」
何が確かに怪しい、だ。何もわかっていないと顔に書いてある木野宮を促し、宮山はマットの周辺に屈む。
確かにステンドグラスはこのマットの上に散らばった。しかし次に扉を開けた時には綺麗さっぱり消え、跡形もなかった。
……なんてこと、本当にあるだろうか?大きな破片はともかく、細かい欠片まで綺麗さっぱり短時間で取り払うなんて……それこそルンバでも放つしかないような気もする。
言われた通りにマットの周辺を指でなぞりながら、木野宮は唸った。
「うーん? ザラザラしてる」
「指、見てごらんよ」
「キラキラしてる!」
木野宮が見て!と指を顔の前まで持ってくる。左右に傾けるとキラキラ光るそれは、かろうじて視認できるレベルの小さな破片だ。
「これ何!? 運動場にあるやつ!?」
「まあ……確かに運動場にも小さいガラスの破片みたいなの落ちてたけど…」
「ガラスの破片かー!!」
「大正解です、先生」
宮山が頷く。念のためマットの四方を確認したが、差はあれど何処も小さな破片が散らばっていた。
「それじゃあマットにも触ってみようか」
「ふかふか」
「そうだね、ふかふかだね」
「ざらざらしてない」
「百点満点」
「お昼寝できそう〜おひさまぽかぽか〜」
「そう、ぽかぽか。でもマットは?」
「ふかふか」
「惜しい」
宮山が無理矢理木野宮の身体を起こす。見学に入ってからそれなりの時間が経っているが、見学に来てから今現在まで、マットには陽の光が直接当たったままだ。
宮山は顎を撫でながら、もう片方の手で木野宮の帽子のリボンに触れた。
「司教さんにマットはいつ変えたものか聞きに行こうか」
「なんで?」
「……うーん……きのちゃんさ、家の窓際に置きっぱなしだった本覚えてる?」
「ぶあついやつ?」
「そう、分厚いやつ。君がお父さんに貰った」
「そういやあったね〜三行読んで辞めたやつね!」
「あれ、どうなったか覚えてる?」
「捨てた」
「理由は?」
「おもしろくなかったので……」
「違うでしょ」
鋭いツッコミに木野宮は頭を抱える。もう半年以上前の話だ。木野宮が父に貰った本を飽きてそのまま窓辺に置き、結果捨てることになったのだが…
「なんか……色が……」
「うんうん」
「表紙の色が黄色になってて……」
「うんうんうん」
「表紙の色が黄色になってて!!」
「百点満点」
宮山がよくできました、と木野宮を褒める。ぴょんぴょん激しい動きをする帽子のリボンに合わせて、木野宮もまた激しく動き回りながら喜ぶ。
「モノも日焼けするんだよ。紫外線を当てすぎると退色して色褪せする……それでなくてもこのマット、すごく綺麗だし新し過ぎない?」
「たしかに?」
「まあ、来た時に見てなかったから最近変えたっていうならそうなのかもしれないけど」
「たしかに」
「そうじゃないって言うならつまりは……」
「でかいかに」
「きのちゃん、話聞いてる?」
「司教さんにマットをいつ変えたか聞きに行くんだよね!わかる!」
「……うん、及第点」
「しゃーっ!聞き込み!しゃーっ!!」
意気込みながら走っていく木野宮のあとを追いかけていく。入り口付近で待っている刑事と探偵が訝しげにこちらを見ているので軽く会釈して、未だに落ち込んだままの司教の元へと宮間は急いだ。
丁度、外を彷徨くのに飽きた東雲と明乃、そして警察に事情を話していた彰も帰ってくる。半ば全員に取り囲まれるような形で頭を抱えている司教に向かって、木野宮は大きな声を張り上げた。
「たのもーーう!!!」
「……すいません、お聞きしたいことがあるのですが」
「……はい? なんでしょう」
司教の顔色は悪い。自慢の教会のステンドグラスが割れて、相当ショックだったのだろう。なんだなんだと寄ってきた人々は木野宮の次の言葉を待つ。
「おじちゃん、あのマットって―――」
「ごほん。教会の備品は明確にいつ買い換えるとか……決まってたりしますか? メンテナンスも含めて」
木野宮の率直な言葉を遮る。首を傾げながらも司教はすぐに答えた。
「ステンドグラスのメンテナンスは一ヶ月に一度……備品のチェックは毎日私が行っていますが、できるだけ昔からの形状を保っておきたいので備品の買い替えなどはあまり行わないようにしています」
「ほう」
「それこそ破れたり、壊れたりしない限りは―――――」
聞きたかったのにー!とごねる木野宮を無視しながら、宮山は続けた。
「最後に備品を買い換えたのはいつです?」
「ええっと、丁度二ヶ月くらい前に、前から二列目の椅子のアシを補修したくらいで……」
司教の言葉が詰まる。頭上にはてなマークを浮かべている面々を見てから、宮山は木野宮の背中を叩いた。
しかし木野宮もまた、頭上にはてなマークを浮かべている。しばしの沈黙。深い溜息を吐きながら、宮山は木野宮の耳に顔を寄せ、何かをぼそぼそと呟いた。
「つまりあそこに敷かれてあるマットは、少なくとも二ヶ月以上交換していないということですね!?」
木野宮が自信満々に目を輝かせて言う。宮間はうんうんと頷くが、司教が何も言わない分ただただ沈黙が流れる。肩を竦めながら、仕方なく宮間はまた耳打ちをした。
「ステンドグラスが落ちたマットの周りには、細かいガラスの粒が落ちていました。勿論、見た通りマットの上に落ちたガラスは現在ありません。しかしあそこに落ちたのは確かなのです!」
そして!!と木野宮は威勢良くマットのある方向を指差す。
「あの位置!日差しが当たるにも関わらず、日焼けのひとつもしていなければ!マットは埃のひとつもないくらい綺麗なもの!新品としか思えないくらいに!!!」
「……つまりマットが最近新しくなったってこと? そんなのお掃除してたら綺麗なままでもおかしくないんじゃない?」
ひょこっと顔を飛び出させた明乃が尋ねる。景気良くポーズを決めたままの木野宮は反論もできずに固まったまま冷や汗を流した。が、代わりに東雲がそれに答える。
「今大事なのはそこじゃねーだろ。マットの上に落ちたガラスが行方不明で、そのマットが新品同然に綺麗だった――――なんか想像できねえか?」
「えーと……? やっぱりマットの上のガラスをお掃除したから、マットも綺麗になってた〜ってこと?」
「お前の頭の悪さにはたまに感心するよ」
溜息を吐いた東雲を見て、宮山が内心わかるよ、と頷く。
そして沈黙を突いて壱川が口を開いた。
「成る程、消えたのはステンドグラスだけじゃないってことか」
「蓋を開けば案外簡単な話だったわけね」
えーと、えーと、と言葉を探している木野宮と、目の前で顔を真っ青にしている司教。二人を見比べてから宮山はまた木野宮に尋ねた。
「きのちゃん、もしもステンドグラスをこの部屋から誰にも見られずに取り去る時間があるとしたらいつだと思う? 警察が来るまで閉めてた間は無しにして」
「……うーん……扉を閉める前でそんな時間あった?」
「そう、扉を閉める前で。俺たちがここに見学に入ってから、ここを出るまでの間……一人になった人がいるじゃない」
「……?」
超人並みの記憶力があるっていう設定が診断で出ていたなら…そう思いながら宮山はまた耳打ちする。もうこれで三度目だ。木野宮は宮山の小さな呟きを聞いて閃いたと言わんばかりに背筋を伸ばし手を挙げた。同時に帽子のリボンもそそり立つ。
「司教さんだーーー!!!」
「大正解。俺たちが入ってから出るまでの間……一人になった人はこの人しかいない。奥の部屋にある鍵を取りに行ったこの人しかね」
「でも司教さんが出てくるまで、ほんのちょっとの時間しかなかったよ?」
また明乃が聞く。東雲が黙ってろと言わんばかりに明乃の頭を小突いた。
「そう、そこでさっきの話に戻るけど……先生、締めはどうぞ貴女が」
宮山に肩を叩かれて木野宮は大きく仰け反り、司教を指差す。そこに緊張の乗った空気が漂った。
「司教さん……犯人は、貴方ですね!!!」



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