友人だった人


ユージーン隊長がドクター・バースを殺害し、軍を追放された。マオは、出て行くユージーンについて行ったらしい。らしい、と言うのも、直接本人から伝えられた訳ではないのだ。マオは、ラズルに別れを言いに来る事なく、黙って城を出て行った。今ではすっかり、殺人者と脱走兵扱いだ。それも、もう半年も前の事だ。彼らが今どこで何をしているのか、ラズルは一切知らない。
友達だと思っていたのだが……。いや、しかし、会いに来る暇が無かったのかもしれない。今となっては確認しようのない事をラズルは悶々と考えた。


「トーマ、遅いね」


足を組みながら示指をトントンと動かしているサレに話しかけると、サレは小さく溜息をついて「様子を見に行こうか」と返した。


「最初からサレが行った方が良かったかもしれない」

「まったくだよ」


ラズルは、サレに連れられて、スールズという北方の田舎村を訪れていた。女王陛下から「美しいヒューマの娘を集めるように」という任を仰せつかってからというもの、王の盾は綺麗なヒューマの娘を城へ連れ帰るために、あちこちを回っている。
ただ美しい娘を連れて行けばいいのではない。当然のように書類の確認や整理も付いてくる。それは道中も例外ではなく、船の中でも馬車の中でも、サレは書類と睨めっこしている時間が多かった。城に戻ったら提出できるよう、報告書も纏めなければならないのだそうだ。長旅で疲れた体を癒す暇も無い。ようやくスールズに着いたかと思えば、すぐに娘を連れて、また別の街に向けて出発しなければならない。

トーマが意気揚々と村に乗り込んで行ってから、かれこれ数十分が経つ。ガジュマの彼とその部下に“ヒューマ”の美しい娘を識別できるのかどうか疑問だったが、やはり難色を示しているようだ。そうでなければ、こんなに時間がかかるものではない。目星の娘についての詳細が記載された書類には、確かにトーマも目を通していた筈なのだが……、トーマのことだから、適当に流し読みして返してよこしたのだろう。
だからちゃんと種類に目を通しておけって言ったのに、と、ぼやくサレの後にラズルは続いた。


集会所前の広場に近づいて行くと、トーマを筆頭に、何人ものガジュマの兵士がヒューマの娘たちを取り囲んでいるのが見えた。


「ほう、あの娘か?」

「ち、違うんです!!あの子は……!!」


にたりと笑って満足げに金髪の娘を見たトーマは、必死で否定する栗毛の娘を「うるさい!!」と怒鳴り飛ばし、殴りかかった。さながら闘牛の男に殴られて、少女が無事である筈がない。栗毛の娘は殴られた衝撃で気絶し、地に倒れた。そのすぐ近くにいた他の娘たちの顔が、先程よりも濃い恐怖に彩られたのが、遠目でもはっきりと分かった。


「待て……クレアに触るな」


トーマの指示によってクレアと呼ばれた娘を連れて行こうとする兵士の前に、長い三つ編みをこさえた青年が立ちふさがった。そして、青年が手をかざすと同時に、氷柱が何本も地面から突き出した。氷のフォルスだ。


「……今すぐ全員を解放して、村から出て行け!」

「氷か……噂には聞いていたが、見るのは初めてだな。お前に逆らうと、こうなるのか?これは恐ろしい。だが、俺のフォルスはもっと恐ろしいぞ。試してみるか!!」


極悪面でトーマが笑みを作った。こんな所で、しかもフォルス能力者とはいえ民間人と戦う気のようだ。下手するとあの青年の命が危ない。仲裁に入るべくラズルが足を踏み出そうとすると、サレに肩を掴まれ制止された。


「サレ……止めないと」

「いいじゃない、なんだか面白そうだし、ちょっと見てみようよ。……ほら」


サレが顎でトーマたちの方を指した。サレの顔から視線を元に戻したラズルは、思わず目を見開いた。トーマと対峙する青年と、その横で武器を構えた2人の人物。1人はガジュマの男性で、もう一人はヒューマの少年。炎のように赤い髪を携えたその少年を、ラズルはよく知っていた。

マオ。口を半開きにしたまま、ラズルは少年を見た。
トーマはマオたちを軽くいなしている。まるでチャンバラごっこ。幼子と遊んでいるかのようだ。


「マグネティックゲイザー!」

「……くっ!」

「サレ」

「……わかったよ」


もう一度サレに呼びかけると、高らかに手を叩く音が鳴り響かせて、サレが集団へと足を進めた。ようやく動いたサレにラズルは内心安堵しつつ、その後に続いた。


「……それで?この三文芝居はいつまで続くのかな?」

「サレ……!」

「なにをもたもたしてんの、トーマ。クレアちゃんだっけ?あの子がこの村イチバンの上玉だよ」

「ぐっ……サレ!もたもたとはなんだ!」


トーマはサレに敵意剥き出しで叫んだ。


「まったく……ヘタに暴れて、お人形さんに傷でもつけられたら大目玉だよ」

「やかましい!いちいち指図されなくても分かっている!」


一体どうしてこの二人が共同で任務に当たっているのか、ラズルには全く分からなかった。


「ねぇ、さっさとその子を連れて行こう」


急かすように声を掛けると、サレはやれやれといった風に肩を竦め、トーマは大きな舌打ちをして、血管が浮き出るほど握りしめていた拳を解いた。


「待て!!」


氷のフォルスを持つ青年が、今にも咬みつかんばかりの形相で咆えた。


「まったく……ちょろちょろと目障りな奴だ!」

「トーマ、相手にしないで早く行こう。話はもうついてる。そうですよね?ユージーン隊長……」


体躯のいい豹のガジュマ、ユージーンに向けてラズルが言葉を投げかけると、ユージーンは押し黙り、氷のフォルスの青年は「隊長!?」と驚きの声を挙げた。


「おや隣にいるのは脱走兵のマオ坊やじゃないか」


茶化すような声色のサレの言葉に、マオは悔しげに唇を噛んだ。そして、怒りを孕んだ眼差しで、サレの隣に立つラズルをきつく睨んだ。ビクリと、フードの中で自分の耳が震えるのをラズルは感じた。
半年前、ユージーン隊長はドクター・バースを殺害し、軍を追放された。マオは、出て行くユージーンについて行ったと、噂でしか聞いていない。それ以外に、何も知らないのだ。だから、マオが何故そんな表情を向けてくるのか、ラズルには分からなかった。
目の前にいるのは、確かにかつての友人である筈なのに、それがあのマオなのだと、ラズルには俄かに信じられなかった。怒気に満ちた瞳で自分を睨み付けてくる人物が、本当に彼なのだとは信じたくはなかった。
理解できるのは、1年ぶりに再会した友人が、もう既に友人という立場ではなくなったのだという現実だけだった。


「マ……」

「以前なら王の盾からの脱走兵なんて重罪人ほっときゃしないけど、フォルス能力者が増えてから管理もいい加減だからさ。ま、君程度のチビッコはいつだって始末できるけどね」


ラズルの言葉を掻き消すように、サレは揶揄した。マオの顔に視線を戻すと、マオはもうラズルを見ていなかった。ラズルは口を噤み、自分の左腕を右手で強く握りしめた。


「ユージーン隊長さんなら、僕のやり方は分かってるでしょ?」


嵐のフォルスではためくサレのマントに身を隠すように、ラズルは一歩後ずさりした。



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