”ハーフ”


この世にはガジュマという種族と、ヒューマという種族が存在しているらしい。記憶の無い自分が本から得た知識の中では、少なくともこの2種類しか書かれていなかった。

しかし、両者の特徴も持ち合わせるイレギュラーな存在を、“ハーフ”と呼ぶらしい。そして、自分はこの奇怪なカテゴリー属しているらしい。


「ほら……あれが……」


背後から聞えてきた声に振り返ると、2人の兵士がこちらを見ていた。かと思えば、すぐに決まりの悪そうな表情に変わり顔を叛けた。

ラズルは居心地の悪さを感じ、ポンチョのフードを深く被り直して、更に強く尾を胴体に巻き付けた。彼らは、服の下に隠された、ラズルの白い猫耳と尾が気になるようだ。

この城の医務室で目覚めた時からというもの、兵士たちから奇異な目で見られない事は無かった。サレに面倒を見てもらっている事も相まって、ラズルが“ハーフ”という部類に属している事は、ほぼ周知の事実となっていた。サレという大きな後ろ盾は、ラズルを守りながらも、同時に悪い意味でラズルを目立たせていた。

サレの隣は居心地がいい。しかし、それでいてどこか不安になる。

ラズルの知る限り、彼の持つ美しいアイスブルーの瞳が一層輝きを増すのは、決まってヒトを虐げる時だった。ガジュマに対してのみではない。ヒューマに分類される筈の彼は、同属に対しても嗜虐的だった。そして、“ハーフ”に対しても。

つい先週の事だが、偶然にもラズルは目撃してしまった。城内の廊下でトーマと、随分と昔にトーマが拾ってきたというハーフの女性、そして、彼女を貶すサレの姿を。それは、トーマのハーフ養成に対して冷ややかな態度だったサレが、“ハーフ”に対して明確な蔑視を向けている事が浮き彫りになった出来事だった。

それならば、何故彼はラズルを傍に置こうとするのか。
“ハーフ”を嫌う彼、強大なフォルス能力を持つ“ハーフ”を駒だと言った彼、幾度も任務にラズルを連れて行く彼、他者から熱を上げて甘やかしている等と噂されている彼……、そして、“ハーフ”という中途半端な自分。
結局のところ、彼にとって自分もただの捨て駒に過ぎないのだろう、という答えにラズルは行き着いた。何かの拍子に、彼がラズルを嗜虐の対象とみなす事など、大いにあり得る事なのだ。いつ切り離され、見放されてもおかしくは無い。

仕方のない事実だと分かっている。しかし、その事実が、ラズルに言い得ない不安を抱かせた。


「ラズル」


フードの縁を握ったまま歩いていると、後ろからラズルの名を呼ぶ声がした。ラズルは無意識の内に身を固くした。振り返らずとも声の主がサレだと分かったからだ。


「サレ」

「ちょうどよかった。次の任務……」


サレは振り返ったラズルを見て、口を噤んだ。

眉根を寄せてラズルを見下ろすサレに、ラズルは体が足元から冷えていくのを感じた。


「……任務だ、行くよ」


ラズルの態度が気にくわなかったのだろう、サレは低く棘のある声色で言い放った。


「あ……うん」

「それと、これ」


ずい、と唐突に突き出されたサレの手には、1つの紙袋が握られていた。ラズルは訳が分からず、呆然と目の前の紙袋を見つめた。すると、サレは更に深く眉間に皺を寄せ、ラズルのフードを無理やり脱がせた。巻き込まれた髪が数本抜けた痛みに、ラズルは顔をこわばらせた。サレは、今度は紙袋を破り捨てると、中から取り出した何かをラズルの頭に押し付けるようにして乗せた。


「そのマント、いい加減に洗ったら?」


頭に乗せられた物を外して見てみると、それは可愛らしい毛糸の帽子だった。


「サレ、これ……」

「洗ってる間にでも被っておくといいよ」


サレはラズルの言葉を遮ってそう言うと、踵を返し、つかつかと足音を立てて歩き出してしまった。かと思うと、数歩進んだ所でラズルの方を振り返った。


「任務だって言っただろう……にやついてる暇があるなら、さっさと行くよ」

「うん……!」


白い猫耳を隠すのも忘れ、ラズルは突然のプレゼントを握りしめたままサレに駆け寄った。



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